音のタイル張り舗道。

クラシックという銀河を漂う... 

新しい時代、令月風和む詩情礼賛!詩神ポリムニの祭典。

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令和はどんな時代になるのだろう?と考えて、すぐに思い付くのは、AI... 否が応でもその存在が高まることは間違いない。けれど、現代人のAIに対するイメージは懐疑的。そもそも信頼していない。あるいは、人間の悪い癖で、"万物の霊長"という上から目線が、優れたものは必ず人間に似ているはず... という自意識過剰に絡め取られて、AIのイメージを歪めてしまっているように思う。しかし、AIは、こども騙しでもなければ、人間のように愚かしくもあり得ない。0か1かのデジタルによる計算(量子コンピューターが実現すれば、0と1なんてもんじゃない凄い世界が拓ける!)が生み出す確率が全て... それは、『ターミネーター』だとか、『マトリックス』のような恐ろしいイメージではなく、エヴァのマギ・システムや、『her/世界でひとつの彼女』のOS、サマンサみたいなものになるのだろう。そんなAIがガイドする、感情に左右されない、効率的でスマートな世界が実現されて行く中で、さて人間はどう生きる?そこで求められるのが、"情緒"、なのかなと... それを象徴的に物語っているのが、「令和」、という言葉のように感じる。これまでの漢籍による堅苦しい元号から、万葉集という歌集を典拠とする極めて情緒的な元号が選ばれた驚くべき革新!そこには、人間としてAIの時代をどう生きるべきかが示されているかのように思えて... 令月風和む... 月を見上げて、その凛とした美しさを味わえる、風が和んだことを鋭敏に感じられる人間となれ... AIが社会を補完する時代、人間はクリエイティヴに生きてこそ、なのだと思う。
ということで、新しい時代、令和を音楽で寿ぐ!山田耕筰ヒンデミットに続いてのラモー... ジェルジュ・ヴァシェジ率いるオルフェオ管弦楽団の演奏、ヴェロニク・ジャンス(ソプラノ)らの歌による、ラモーのオペラ・バレ『詩神ポリムニの祭典』(GLOSSA/GCD 923502)を聴いて、令和の典拠、万葉集にオマージュ(詩神ということで、ほとんどこじつけ... 汗... )を捧げる!

えーっと、ラモーのオペラ・バレ『詩神ポリムニの祭典』、実は、祝祭オペラでもありまして... ハプスブルク家が独占して来た神聖ローマ帝国の帝冠と、ヨーロッパ各地に広がる領国を、マリア・テレジア夫妻が継承する、いや認めないで、ヨーロッパを二分して戦ったオーストリア継承戦争(1740-48)。そのフォントノワの戦いで、フランス軍オーストリア方を打ち破ったのを祝して上演されたのが、このオペラ・バレ。1733年、50歳にしてオペラ・デビューを飾った遅咲きのラモー(1683-1764)... 先鋭的なトラジェディ・リリク、『イポリートとアリシ』を皮切りに、オペラ・バレ『優雅なインドの国々』(1735)という大ヒット作品を生み出し、パリの音楽シーンの寵児となれば、当然、宮廷からも声が掛かり、1745年2月、ヴェルサイユにて、コメディ・バレ『ナヴァールの王女』を上演。これにより、宮廷作曲家の称号を賜り、翌月には、王太子の婚礼の祝祭のために、コメディ・リリク『プラテー』を上演する栄誉に浴す!そして、5月、フォントノワの戦い、国王が王太子を伴い、自ら指揮を執ってのフランス軍の勝利!それを祝っての、10月、パリ、オペラ座で初演された『詩神ポリムニの祭典』。ラモーにとっても、勝利の1745年だったと言えるのかも... そういう自信が溢れ出す、『詩神ポリムニの祭典』!
さて、その中身は... ポリムニ(ポリュムニア)らによって、フォントノワでの勝利が寓話的に語られる、プロローグ、「記憶の神殿」(disc.1, track.1-15)に始まり、第1アントレ、「伝説」(disc.1, track.16-32)では、ギリシア神話から、アルシード(ヘラクレス)と、エベ(ヘーベー)が結ばれるまでを描き、第2アントレ、「歴史」(disc.2,track.)では、アレクサンドロス大王が世を去って間もない頃、セレウコス朝シリアの王子、アンティオキュス(後のアンティオコス1世ソテル)が、父の婚約者、マケドニア王女、ストラトニス(ストラトニケ)と結ばれるまでを描き、最後、第3アントレ、「魔法」(disc.2, track.)では、中東を舞台に、妖精、アルジェリーが、真実の愛で、アルシーヌ(アルチーナ)の魔法に掛けられていた愛するズィメを救い、大団円!まさしく、オペラ・バレ... トラジェディ・リリクのように、凝ったストーリーをドラマティックに展開するのではなく、ハッピー・エンドをオムニバスでつないで、軽い仕上がり。何より、ふんだんに盛り込まれたダンス・シーンが音楽を盛り上げ、話しの筋は、二の次?なのだけれど、フランス軍の勝利を祝う音楽には、全体を貫く力強さ、荘重さがあって、レヴューっぽい普段のオペラ・バレとは一味違うインパクトがある。まず、プロローグの序曲からして、重厚。惹き込まれる...
いや、『詩神ポリムニの祭典』の在り様は、典型的なオペラ・バレなのだけれど、その音楽には、トラジェディ・リリクを思わせる濃さ、深みがあり、そのあたりに、オペラ・バレの進化が見出せるよう。同時代のナポリ楽派のオペラのように、際立ったアリアでたっぷりと聴かせることもなく、バレエ・シーンがガッツリ入るでもなく、よりシンプルに短く歌い、踊りに融け込ませる。すると、全てのナンバーが、より有機的につながり、歌あり、踊りありの盛りだくさんなオペラ・バレではなく、オペラとバレエを融合しようという意図が窺える。で、その融合は、時として、ナンバー・オペラの枠組みを乗り越えて、ワーグナーの楽劇が遠くに見えさえするところも... まもなく、1750年代に入って巻き起こるブフォン論争の矢を持てに立たされる、その先進性。攻撃者たちは、ラモーのオペラを、リュリ以来の伝統に囚われたオールド・ファッションとして叩くわけだけれど、そもそもリュリが確立したスタイルには、ドビュッシー『ペレアスとメリザンド』を先取りするほどの先進性があったわけで、それを受け継ぎながら、さらなる独自性を見せたラモーのオペラは、攻撃者たちが盛んに称賛したナポリ楽派のオペラ・ブッファよりも、ずっとモダンな可能性を秘めていた。そんなことを考えさせられる、『詩神ポリムニの祭典』だった。
で、1991年の創設だから、今や老舗、ハンガリーのピリオド界を代表する、ヴァシェギ+オルフェオ管の演奏で聴くだけれど、いやはや、ハンガリーのピリオドも侮れない!イタリア・バロックとも、ドイツ・バロックとも異なる、独特なトーンを持つフランスのバロック(ラモーは、すでにロココか... )。だから、何となしに餅は餅屋、フランスのピリオド・アンサンブルで聴くのがベスト... ま、実際、名盤も多いし... という空気に臆することなく、自らの音楽性を信じて、ありのままに表現して行く、ヴァシェギ+オルフェオ管。フランスのピリオド・アンサンブルで聴くラモーとは一味違う、地に足の着いた、重厚な響きがとても印象的で... また、そういう重厚感が、ヴェルサイユでもなく、パリでもなく、フランスの地方からやって来たラモーの、実はローカルな感性が活きて来るようで、おもしろい!そんな演奏に乗って、歌うのが、ジャンス(ソプラノ)ら、フランスのピリオド系の実力派歌手たち。フランスならではの品の良さ、その勝手知ったる歌いっぷりが、ヴァシェギ+オルフェオ管の演奏と絶妙で、祝祭を彩った荘重な雰囲気を引き立てる。その祝祭感、さらに盛り上げるのが、大活躍のコーラス!パーセル合唱団(ヴァシェギが、オルフェオ管の前年に設立したハンガリーの合唱団... )の丁寧にして、しっかりとしたハーモニーにも惹き込まれる。そうして、繰り出されるラモーの骨太感!思いの外、新鮮。

JEAN-PHILIPPE RAMEAU Les Fêtes de Polymnie

ラモー : オペラ・バレ 『詩神ポリムニの祭典』

ムネモシュヌ/エベ/アルジェリー : オーレリア・ルゲ(ソプラノ)
ポリムニ/エベの侍女/シリア人の娘 : エメケ・バラート(ソプラノ)
勝利 : マルタ・ステファニク(ソプラノ)
ストラトニス/オリアド : ヴェロニク・ジャンス(ソプラノ)
芸術の長/アルシード/アンティオキュス : マティアス・ヴィダル(テノール)
ジュピテール/セルキュス/ズィメ : トマ・ドリエ(バリトン)
運命 : ドモンコシュ・ブラーソ(バス)
パーセル合唱団

ジェルジ・ヴァシェギ/オルフェオ管弦楽団

GLOSSA/GCD 923502