音のタイル張り舗道。

クラシックという銀河を漂う... 

中世、サンティアゴ・デ・コンポステーラ、巡礼が運んだ音楽...

AMB9966.jpg
今、改めて、ヨーロッパにおける中世を振り返ってみると、ちょっとただならない。いや、ただならないというより、「中世」という言葉ばかりが先行して、その中身について、実は、あまりよく知らない?"暗黒の中世"なんて言い方が、それを象徴しているのかも... 何たって、暗黒の一言で説明できるほど、中世は短くない。古代から中世へ、四世紀をも掛ける長い移行期間があって、9世紀、カロリング朝による西ヨーロッパの統一と、それによる政治的安定に裏打ちされたカロリング・ルネサンス(グレゴリオ聖歌が整備される!)が大きく花開いて... が、その矢先、分割相続により、西ヨーロッパには現在に至る国境線が出現。線が引かれたことで、こちら側とあちら側で相争うようになり、王統が断絶すると、王位を巡って、線の内側でも激しく争う事態に... 一方、北からはヴァイキングの侵入、東からはイスラム勢力の圧迫を受け、暗澹たる西ヨーロッパ。だったが、11世紀、農業革命により生産性が向上すると、地中海を渡って十字軍を繰り出せるほどの余力を生み、これが聖地巡礼のブームを巻き起こし、東西の交流が中世に新たな輝きをもたらした。当然、音楽も、そうした波に乗った!
ということで、巡礼たちが紡ぎ出した音楽に注目... マルセル・ペレス率いる、アンサンブル・オルガヌムの歌で、十二使徒、聖ヤコブの墓のある、聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラに伝えられるカリクスティヌス写本から、12世紀、聖ヤコブのための晩禱を再現するアルバム、"COMPOSTELA"(ambroisie/AMB 9966)を聴く。いや、巡礼たちの音楽がただならない...

843年、中世版、EUとも言えるフランク王国が分割される。これが引き金となり、停滞期に突入する西ヨーロッパ... 前述の通り、内憂外患、"暗黒の中世"と言われても仕方ない状況だった。が、11世紀、農業革命(農具の改良と輪作の普及... )により、生産性が向上すると、西ヨーロッパに様々な余裕を生み出す。商業活動をする余裕。十字軍を東地中海へと送り込めるほどの余裕。そうした余裕が、シャンパーニュの大市(フランス北東部、シャンパーニュ伯領の都市で開かれるヨーロッパ中から商人を集めた国際市場... )を大いに賑わせ、地中海貿易ではイタリアの貿易港に巨万の富をもたらした!西ヨーロッパが、再び豊かさを取り戻すと、人々は巡礼へと旅立ち始める!その行き先... 中世の三大巡礼地が、1099年に十字軍によって奪還された、イエスの最期の地にして聖墳墓のあるイェルサレムローマ教皇の御膝元、イエス、第一の使徒、聖ペテロの墓があるローマ。そして、十二使徒のひとり、聖ヤコブの墓が発見されたスペイン北西部、サンティアゴ・デ・コンポステーラ!船を使わず、自らの足のみで詣でることができたサンティアゴ・デ・コンポステーラは、中世の人々にとって、イェルサレムへ詣でるよりハードルが低く、ピレネー山脈を越え、イスラム勢力の支配地域が残るイベリア半島を進まねばならないあたりは、ローマへ詣でるより冒険的だったか、ヨーロッパ中から巡礼者を集めたサンティアゴ・デ・コンポステーラ。彼らが歩いた道は、間もなく巡礼路となり、その道が、ヨーロッパの東西の文化を交流させ、中世文化の新たな揺籃の地を育んだ。さて、ここで聴く"COMPOSTELA"は、サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂に伝えられる、カリクスティヌス写本(12世紀に編纂された、聖ヤコブの人物伝、その墓の再発見の記録、さらには巡礼ガイドなど、5巻からなる... )に書かれている聖歌を歌い、聖ヤコブのための晩禱を再現する。
その始まりは、巡礼たちが歌った巡礼讃歌... これがもう、のっけから圧倒して来る。音楽的に訓練された聖歌隊が歌うのとは違う、巡礼たちの粗削りな歌いをそのままに、自らの足で、一歩一歩、大地を踏み締めながら、ヨーロッパの西の果てを目指した実直さ、力強さが、歌になる!それは、ある種、身体感覚を伴った音楽とでも言おうか、耳に心地良く響くのではなく、魂を揺さぶるための質量が感じられそうな音楽。いや、それほどの歌が支えなくては、長い巡礼路を歩き通すことはできなかったのかもしれない。そう、これは、苦難の歩みを鼓舞するための歌なのかもしれない。そんな姿に、日本の修験道の「六根清浄」の掛け声に重なるところがあって、興味深い。洋の東西を問わず、歩みと結び付いた歌なればこそのリズム、節回しというのは、似通って来るものがあるのだろう。そうして始まる聖ヤコブのための晩課... 巡礼讃歌に続いて歌われるコンドゥクトゥス(track.2)には、巡礼讃歌の素朴さが引き継がれ、巡礼の道行きをより感じられるようで、印象的。その後で歌われる5つのアンティフォナ(track.3-7)は、民謡を思わせる、どこか懐かしいような節回しの先唱者に続き、男声コーラスが頼り甲斐のある歌声を響かせて、単声(時折、凄まじいハーモニーが響く!これがまさに、多声音楽の黎明... )ながら、グっと懐の深い音楽を聴かせる。で、その懐の深さには、会衆を包み込む包容力が感じられ、聴いていると、何とも言えない安堵感が広がる。これが、旅路の先に響いた音楽だったかと思うと、旅をせずとも、心に沁み入るよう。それでいて、不思議と懐かしい... なぜだろう?古い音楽を聴いていると、懐かしさに駆られることがある。古い音楽には、文明以前の人類共通の記憶が留められているのかも... 懐が深いとは、そういうことなのかも...
ところで、"COMPOSTELA"には、初期の多声音楽の姿が捉えられていて、実に興味深い。で、これがまた凄いインパクトを放っていて... 「初期」だけに、曲全体を多声で歌うものは少なく、ここぞというところで、一瞬、中世ならではの耳慣れないハーモニーを放ち、びっくりさせられる。が、その独特な色彩感は、眩暈を起こしそうなくらいに圧倒的!一方、最初から最後まで、そんなハーモニーに彩られるのが、オルガヌムによるレスポンソリウム"Dum Esset Salvator In Monte"(track.8)。ドローンが響く中、先唱者によるエキゾティックなメリスマがまず耳を引き、その後で、コーラスがノイジーにすら感じられる2声によるハーモニーを展開、グレゴリオ聖歌以前へと還るような迫力を響かせる。一転、讃歌"Felix Per Omnes Dei Plebs"(track.9)では、大分、ハーモニーは整えられ、落ち着いた表情を見せ、"Benedicamus Domino"/"Deo Gracias"(track.11)に至っては、伸びやかなソロに対し、寄り添うようにコーラスが歌い、間もなく花開くノートルダム楽派を予感。大聖堂の空間を活かすような音楽を構築して、スペイシー!で、よりノートルダム楽派へと接近するのが、最後のコンドゥクトゥス"Congaudeant Catholici"(track.12)... 音楽は一段とメロディアスとなり、巧みにハーモニーを構築して、新しい時代の到来を意識させられる。いや、新しい時代のキャッチーさに魅了される。
という、巡礼の歩みと多声音楽の歩みを見事に重ねる"COMPOSTELA"。中世の音楽のインパクトに耳が持って行かれそうになるけれど、丁寧に見つめれば見つめるほど、ペレスの鋭い視点に感服させられる。一方で、インパクトを徹底して引き出して来るアンサンブル・オルガヌムの歌声も圧巻。彼らの凄さについては、今さらではあるのだけれど、やっぱり、凄い... 地声で掘り起こす、中世の生々しさたるや!その生々しさから立ち上がって来る迫力は、時代そのものの重みに感じられ... 一方で、彼らが織り成すサウンドは、時代を超越する感覚もあって、そうしたあたりから中世ならではの独特なハーモニーが繰り出されると、ニュー・エイジを思わすようなヴィヴィットさもあって、惹き込まれる。いや、最初の巡礼讃歌からして、その音楽世界に一気に惹き込まれる!重低音のドローンに、時として、ぶっきらぼうにも思える歌いを乗っけて、ノイズを含ませながら、想定外の広がりを創り出してしまう魔法。"暗黒の中世"なんて、安っぽく聞こえるほどの、地の底から響くようなペレス+アンサンブル・オルガヌムの歌声に触れると、どこかカタルシスにも似た感情が身体を貫く。"COMPOSTELA"には、そういう体感を伴うような、息衝く中世が展開されている。

ENSEMBLE ORGANUM COMPOSTELA

巡礼讃歌 "Dum Pater Familias"
コンドゥクトゥス・プロチェッスィオニス "Resonet Nostra Domino Caterva"
アンティフォナ "Ad Sepulcrum Beati Iacobi"/詩篇 " Laudate Pueri Dominum"
アンティフォナ "O Quanta Sanctitate Et Gracia"/詩篇 "Laudate Dominum Omnes Gentes"
アンティフォナ "Gaudeat Plebs Gallecianorum"/詩篇 "Lauda Anima Mea Dominum"
アンティフォナ "Sanctissime Apostole Iacobe"/詩篇 "Laudate Dominum Quoniam Bonus Est Psalmus"
アンティフォナ "Jacobe Servorum Spes"/詩篇 "Lauda Ierusalem Dominum"
オルガヌムによるレスポンソリウム "Dum Esset Salvator In Monte"
讃歌 "Felix Per Omnes Dei Plebs"
アンティフォナ から マニフィカト "O Lux Et Decus Hyspanie"
"Benedicamus Domino"/"Deo Gracias"
コンドゥクトゥス "Congaudeant Catholici"

マルセル・ペレス/アンサンブル・オルガヌム

ambroisie/AMB 9966