音のタイル張り舗道。

クラシックという銀河を漂う... 

ゴシック、大聖堂という宇宙を見つめる...

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今、改めて、ヨーロッパの中世を見つめ直すと、何だか訳が分からなくなってしまう。つまり、それは、これまで、如何に"中世"を軽く見てきたかの表れでございまして... 反省... ということで、中世が覚醒する頃、ロマネスクの時代(11世紀から12世紀... )の表現に迫る、金沢百枝著、『ロマネスク美術革命』を読んでみた。読んでみて、大いに腑に落ちた。もちろん、主題は、中世が折り返した頃を彩るロマネスクについてなのだけれど、ロマネスクというムーヴメントがどういうものであったかを知ることで、中世という大きな展開が掴めた気がする。じわじわと進む古代の崩壊の後、もはや遺跡となってしまった古代ローマを、見よう見真似で復興し始めたのがローマ風=ロマネスク... その延長線上にバブリーなゴシックが花開いて、バブル崩壊(災厄の14世紀!)の後、真に古典を取り戻そうとしたルネサンスが訪れる。そうルネサンスまでを含めて、古代/古典の崩壊と復興の長い道程が中世なのかなと... そう思うと、何だか、凄くドラマティックな気がしてくる。そんな中世に響いた音楽です。じっくりと修道院で育まれた音楽が、より開かれた大聖堂に舞台を移して大きく花開く頃に注目!
ドイツの古楽器奏者、ミヒャエル・ポップ率いる、女声ヴォーカル・アンサンブル、ヴォーカメの歌で、14世紀に編纂されたトゥルネーのミサを軸に、中世、黄金期の大聖堂を響かせる、"CATHEDRALS"(CHRISTOPHORUS/CHR77420)を聴く。

 

閉じられた修道院から、開かれた大聖堂へ... ロマネスクからゴシックへの展開を分かり易く説明するならば、こんな感じだろうか?修道士たち=エリートたちにより始まった古代/古典の復興が、経済的に力を付けた一般社会にも及び、ある種の規制緩和が引き起こされ、より大胆かつ、より洗練された表現へと至ったのがゴシック。その象徴とも言えるのが、街のランドマーク、大聖堂!人々が集う場所に、当時、最高の技術、表現が集約され、ゴシックの大聖堂は、各地で威容を誇ることになる。そんな時代、音楽もまた大聖堂という開かれた場所を得て、新たな展開を生む。修道院においては、聖歌=祈りだった音楽は、世俗的な音楽にも刺激され、祈り=聖歌から、いとも壮麗なる大聖堂という器を満たす教会音楽へ... というあたりを捉える、ポップ+ヴォーカメによる"CATHEDRALS"。まず印象に残るのは、修道院の歌=ロマネスクとは一線を画す、盛りだくさんさ!幕開けは、コルシカ島の聖歌、"Tota pulchra es"... それは、コルシカ島で歌い継がれる民俗音楽的な聖歌ではあるものの、古いポリフォニーの形を留める貴重な音楽でもあって、そこには、音楽におけるロマネスクからゴシックへと飛躍する記憶が籠められているとも言えるのかもしれない。いや、モノフォニーからポリフォニーへと拡張されての音楽としての広がりに、吸い込まれそうになる!3曲目、ゴシックのカウンター・カルチャーの担い手、ゴリアール(遍歴学生、風刺で以って教会批判を繰り広げ、『カルミナ・ブラーナ』は、彼らを象徴する作品... )のひとり、ゴーティエ・ド・シャティヨン(1135-1202)による"Sol sub nube latuit"(track.3)では、訥々と牧歌的なメロディーが歌われ、フォークロワを思わせる。5曲目、ゴシックの音楽の中心、パリ、ノートルダム大聖堂で活躍した、アダン・ド・サン・ヴィクトワール(1112-46)による"O Maria, stella maris"(track.5)は、器楽の伴奏が加わり、より音楽的と言おうか... いや、伴奏に支えられると、その歌声は、よりメロディックに感じられ... 後半は、大胆にリズムが弾け、シンコペーションを繰り出し、驚かされながらも、カッコいい!このカッコ良さに触れてしまうと、いつの時代の音楽を聴いているのか分からなくなる。そう、このちょっと奇妙な感覚こそ、ゴシックの醍醐味!
『ロマネスク美術革命』には、ロマネスクからゴシックへの変容について、教会における表現に世俗性が持ち込まれ、新たなケミストリーが引き起こされた、ということが書かれていたのだけれど、これは音楽にも言えるのかもしれない。ロマネスクの修道院の歌を思い起こし、ゴシックの大聖堂に響いた音楽を見つめると、やはり世俗性は大きな鍵となっている。聖歌=祈りに留まることなく、堂々と歌い、軽やかにリズムを刻み、音楽を織りなす。その象徴として、"CATHEDRALS"の柱となるのが、トゥルネーのミサ(track.4, 7, 11, 14, 16, 19)。それまで、典礼のために、特別、ひとつの音楽が用意されるという概念は無かった。なぜなら、グレゴリオ聖歌はもちろん、多様な聖歌が存在し、その都度、ベストなものチョイスすればいいだけのことだったから... が、そこから一歩を踏み出し、ミサに統一感を求めた最初が、ベルギー、フランス語圏の街、トゥルネーの大聖堂に伝えられる、トゥルネーのミサ。キリエに始まり、6曲からなるトゥルネーのミサは、それぞれ楽曲の作曲年代はバラバラ、当然、様々な作曲家によるもの(ちなみに、ひとりの作曲家による最初のミサが、マショーによるノートルダム・ミサ... )なのだけれど、3声のポリフォニー、という縛りで6曲をチョイスし、ひとつのミサを構成。それは、つまり、会衆に音楽を聴かせるという意思が存在した、と言えるのかも... トゥルネーのミサのポリフォニーは、ゴシックの音楽を切り開いたノートルダム楽派を思わせるシンプルな音楽もあれば、トルバドゥールの歌を思わせるカラフルさを放つ音楽もあり、さらに、ゴシック末、14世紀の前衛、アルス・ノヴァを思わせる尖がった音楽を聴かせるものも... ひとつのミサにして、ヴァラエティーに富んでいるのが、おもしろい。そういうおもしろさが開拓された時代がゴシック... 聖歌=祈りから、聴くための教会音楽へ、まさに教会音楽の画期がここにあると言える。
そんな"CATHEDRALS"を聴かせてくれたポップ+ヴォーカメ。いや、もう、彼女たちならではのニュー・エイジ感が、半端無い!本来、ゴシックの大聖堂の音楽を担ったのは男声であるわけだけれど、ヴォーカメは、女声ヴォーカル・アンサンブル... その高く澄んだ歌声でゴシックの教会音楽を捉えれば、もはや天国的で、ゴシックの大聖堂の教会音楽を忠実に再現しようというのではない、ゴシックの大聖堂が建築として表現しようとしていた世界観を響かせるかのよう... 美しく配置された、スーっと天へと伸びていくような柱、その柱が支える高い天井、まるで天体図のような天井のリブ・ヴォールト、そうして創り出される広い空間に差し込む、色鮮やかなバラ窓からの光。そうした浮世離れした情景を、見事に響きに置き換えるヴォーカメのパフォーマンス。たった4人のアンサンブルながら、絶妙に歌声を重ねて、スペイシーさを紡ぎ出す魔法!クリアにして響きあう歌声に包まれれば、美しく輝く星々が浮かぶ宇宙空間を遊泳するような感覚を味合わせてくれる。そうか、これが、ムジカ・ムンダーナ(=宇宙の音楽、中世、天体の運行にも音楽が見出されていた... )の感覚なのかも、なんて思うと、中世の精神につながれた気がする。そして、忘れてならないのが、様々な楽器で彼女たちの歌声をサポートするポップの演奏!リュートのアルカイックさ、ハーディ・ガーディの人懐っこさ、サントゥールのミステリアスさ、様々なサウンドを器用に響かせれば、ヴォーカメの歌声はよりスペイシーに感じられて... いや、古楽器も、中世くらいまで遡ると、分かり易い古いイメージと断ち切れて、まったくニュートラルなものになってしまう。そうして生まれる新鮮な感覚が、ヴォーカメのニュー・エイジ感をますます拡張して... 結果、大聖堂も、ゴシックも忘れさせるような、独特なトーンが滾々と湧き出す。いや、この独特さこそ、中世のリアルなのかも...
VocaMe ・ CATHEDRALS Vokalmusik aus der Zeit der großen Kathedralen

コルシカ島の聖歌 "Tota pulchra es" 〔4世紀頃の初期キリスト教会のテキストによる〕
Ave Gloriosa Mater Salvatoris 〔チヴィダーレ修道院の写本、14世紀〕
ゴーティエ・ド・シャティヨン : クリスマスのコンドゥクトゥス "Sol sub nube latuit" 〔フィレンツェ写本、13世紀〕
トゥルネーのミサ より キリエ
アダン・ド・サン・ヴィクトワール : O Maria, stella maris
Benedicamus 〔ラス・ウエルガスの写本/カリクストゥス写本、12世紀〕
トゥルネーのミサ より グローリア
主の割礼祭のためのコンドゥクトゥス "Baculi sollemnia" 〔フィレンツェ写本、13世紀、ノートルダム楽派〕
トゥオティロ : Cuncti potens
祝福のコンドゥクトゥス "Deus pacis" 〔フィレンツェ写本、13世紀、ノートルダム楽派〕
トゥルネーのミサ より サンクトゥス
ガス・ブリュレ/アダン・ド・サン・ヴィクトワール : Salve mater salvatoris
アリエノール・ド・ブルターニュのためのグラドゥアーレ "Orbis factor"
トゥルネーのミサ より ベネディクトゥス
モテット "Audi pontus" 〔ラス・ウエルガスの写本〕
トゥルネーのミサ より アニュス・デイ
Audi pontus 〔カリクストゥス写本〕
聖週間のコンドゥクトゥス "Circa mundi vesperam" 〔フィレンツェ写本、13世紀、ノートルダム楽派〕
トゥルネーのミサ より 行け、汝らは去らしめられる

ヴォーカメ
ゲルリンデ・ゼーマン(ソプラノ)
サラ・M・ニューマン(ソプラノ)
シグリッド・ハウゼン(メッゾ・ソプラノ/フルート)
ペトラ・ノスカイオヴァー(メッゾ・ソプラノ)
ミヒャエル・ポップ(リュートサントゥールフィドル/ハーディ・ガーディ/ヴォーカル)
エルンスト・シュヴァインデル(ハーディ・ガーディ)

CHRISTOPHORUS/CHR77420