音のタイル張り舗道。

クラシックという銀河を漂う... 

アメリカの音楽の歩んだ道を辿って、シャロンのばら。

HMC902085.jpg
 
アメリカは、言わずと知れた、音楽大国!なぜそうなったのだろう?ちょっと考えてみる。アメリカ"合衆"国という国名が示すように(って、誤訳なのが痛いところ... )、いろいろな地域から移民がやって来て、形作られた、アメリカ。その移民たちが、それぞれに音楽を持ち込んだことで、それまで遠く離れて存在していたものが、アメリカという場所で接点を持ち... そうして生まれた数々のケミストリー!ジャズなどは、まさにその象徴と言える。イギリスから渡って来た最初の入植者たちの讃美歌、ヨーロッパ由来の軍楽隊の音楽、そして、奴隷として連れて来られた人々のアフリカの音楽が、フランスにルーツを持つクレオール文化に彩られたニューオリンズで結び付き、まったく新しい音楽を生み出す。今、改めて考えてみると、音楽史上、驚くべきことのように思う。そして、こうしたケミストリーは、シャズを皮切りに、より多くの移民を集めた20世紀、ますます盛んとなり、それまで音楽史が経験したことの無かった音楽大国を出現させた。いや、アメリカ"合楽"国、なのかもしれない。のですが、今回は、その対極、まだ移民を広く集めていなかった頃、つまり、音楽が素朴を極めていた頃に注目。
ということで、20世紀のアンタイル、19世紀のゴットシャルクと来て、最後に、アメリカの建国まで遡る!アメリカのバス、ジョエル・フレデリクセンと、彼が創設した古楽アンサンブル、アンサンブル・フェニックス・ミュンヒェンによる、入植から南北戦争までのアメリカの音楽の歩みをつぶさに追う、"Rose of Sharon"(harmonia mundi/HMC 902085)を聴く。
====
始まりは、シェーカー教徒の霊歌、「レイ・ミー・ロウ」。まさに、低い... 地の底から響いて来るようなフレデリクセンのバスの歌声が、シェーカー教徒ならではのシンプルなメロディーを、味わい深く捉える(いや、すでに、ブルースを予感させる!)と、開拓前の荒涼としたアメリカの大地が広がるようで、思わず、ブルっと来る。その寒々しさたるや... ア・カペラで歌うからか、中世へと還るようなプリミティヴな表情も強調されて、まさに、アメリ音楽史の原初の姿(入植の厳しさ... )を見せ付けられるよう。そこから、ベンジャミン・フランクリン・ホワイトによる「朝のトランペット」(track.2)が歌い始まると、まるで朝を迎えるよう。17世紀に入って本格化する北米への入植... それを担った人々の多くは宗教的に迫害を受けた人々であり、貧しい人々。識字率も低く、音楽の素養もほとんど無い中で、細々と讃美歌が口伝えに歌い継がれていた。が、口伝えが、正確さを欠く事態となり、各地でキリストの教えにブレが生じてしまう。そこで、18世紀に入ると、シンギング・スクールなる、讃美歌を正しく歌うための移動教室が登場する。そこで歌われたのが「朝のトランペット」... 誰もが歌えるだろうシンプルなメロディーを用い(19世紀に入り、シンプル・ノートという、音符に図形を用い、より解り易さを追求した記譜が登場。「朝のトランペット」の作曲者、ベンジャミン・フランクリン・ホワイトは、このシェープ・ノートを用い、シンギング・マスターとして活躍... )、声部は増え、音楽は、色彩を帯び始める。「レイ・ミー・ロウ」が中世なら、「朝のトランペット」はルネサンスだろうか?ヨーロッパの音楽史が、アメリカの地でも繰り返されるようで、実に興味深い。
続く、ヘンリー・ケアリー(イギリス国歌、「ゴット・セイブ・ザ・クイーン」の作詞者としてしられる、イギリスの詩人で作曲家... )の聖歌を替え歌で歌う「ヒー・カムズ、ザ・ヒーロー・カムズ!」(track.3)では、太鼓に先導されたマーチのリズムに乗り、ワシントンがやって来たとコーラスが歌う!それは、ヘンデルのオラトリオを可愛らしくしたようで... さらに、フィリップ・フィルの、「コロンビア万歳」として知られるアメリカ合衆国の初代国歌、大統領行進曲「祝えコロンビア、幸ある国よ!」(track.4)が演奏されるのだけれど、アメリカが独立を果たす1776年、その当時の様式を再現する演奏で聴けば、まるでモーツァルト少年が書いたような愛らしさがあって... 「ヒー・カムズ、ザ・ヒーロー・カムズ!」、「祝えコロンビア、幸ある国よ!」には、とうとう独立を果たしたアメリカの初々しさが溢れている!そして、この2曲には、それぞれ、バロック、古典主義のスタイルが見て取れて、さらなるアメリ音楽史の前進(実際の作曲年代は前後するのだけれど... )が窺えるのか、興味深い。また、イギリス国歌の作詞者による音楽から、アメリカの初代国歌へという展開にウィットが感じられ... 裏を返せば、当時のイギリスとアメリカの音楽的近さも感じさせもし、ますます興味深い。しかし、冒頭4曲で、入植から独立まで、活き活きと時代を描き出す妙!フレデリクセンのセンスに感服。まさに音楽による時代絵巻だ。そして、ここから、より広がりを以って、アメリ音楽史の音楽大国となる以前の素朴な姿を丁寧に俯瞰して行く、"Rose of Sharon"。
まず、シンギング・スクールの時代、なめし革職人をしながら音楽活動を続けた、アメリ音楽史における最初の作曲家とも言える存在、ウィリアム・ビリングス(1746-1800)の作品、このアルバムのタイトルとなっている「私はシャロンのばら」(track.9)など3曲が歌われ... 歌い出す前に、メロディーの音階を歌う、シンギング・スクールの典型的なスタイルを聴かせてくれるジェレミア・インガルズの「北の大地」(track.13)は、実に興味深い... それから、本当にシンプルな歌が歌われるシェーカー教徒の霊歌の数々。軽やかなリズムに乗っての「生活よ、シェーカーの生活よ」(track.16)、「柳のようにしなやかに」(track.19)の小気味良さは、思い掛けなくポップ!そして、シェーカー・ソングの代名詞、ジョゼフ・ブラケットJrによる「シンプリー・ギフト」(track.22)!クラシックでは、コープランドの『アパラチアの春』のテーマで知られるメロディーだけに、一緒に口ずさみたくなってしまう。いや、この感覚こそが、讃美歌の本質なのだろうなァ。そこから、南北戦争(1861-65)のナンバーが並び、その人懐っこい表情に、アメリカのトラッドの形が初めて見えて来る。そうして歌われるフォスターの「ハード・タイムズ・カム・アゲイン・ノー・モア」(track.28)の沁み入るようなメロディー... そのメロディーに、音楽大国以前、黎明期におけるアメリ音楽史の歩み、そのものが表れているようで、感慨深く、魅了される。
という"Rose of Sharon"... いわゆる、クラシックにおける古楽と言えば、中世からルネサンスに掛けて、が、一般的。となると、"Rose of Sharon"がカヴァーするアメリ音楽史の黎明期は、バロックから古典主義、ロマン主義の時代にあたる。が、響いて来る音楽は、まさに古楽!この不思議なタイムラグを、絶妙に表現し、アメリカの音楽の歩みの特殊性を丁寧に紐解く、フレデリクセン+アンサンブル・フェニックス・ミュンヒェン。素朴な音楽の数々、でありながら、驚くほどヴァラエティに富んだ音楽の数々でもあって、そのあたりを、見事に歌いこなす彼らのパフォーマンス抜きに、このアルバムは語れない。何と言っても、フレデリクセンの渋過ぎるほどに渋いバスが大きな魅力となり、その魅力に負けず、表情豊かに歌い上げるアンサンブル・フェニックス・ミュンヒェンの面々... 素朴さを活かしながら、活き活きと歌う。そうして蘇る、かつてのアメリカの風景... その風景は次々にうつろって、何だか、アメリカを旅している気分になる。と、同時に、より根源的なものも見えて来る気がする。西洋文明の無い土地に西洋音楽の種をもたらし、どう成長するのか?その実験記録を見せられるようでもある。そうして、顕わになる、音楽の生命力に、改めて感動を覚える。
PÄRT Creator Spiritus THEATRE OF VOICES / ARS NOVA COPENHAGEN / HILLIER

レイ・ミー・ロウ

- 自由を求めての戦い -
ベンジャミン・フランクリン・ホワイト : 朝のトランペット
ヘンリー・ケアリー : ヒー・カムズ、ザ・ヒーロー・カムズ!
フィリップ・フィル : 大統領行進曲 「祝えコロンビア、幸ある国よ!」
ウルフ司令官の死 〔編曲 : フレデリクセン〕
ジェファーソンと自由

- アメリカ合唱音楽の父 -
ウィリアム・ビリングス : アメリ
ウィリアム・ビリングス : 神は王なり
ウィリアム・ビリングス : 私はシャロンのばら

- シェープ・ノートとシンギング・スクール -
やさしい兵隊
リエンダー
ドラムデルジー
ジェレミア・インガルズ : 北の大地
キャプテン・キッド 〔編曲 : フレデリクセン〕
ウィリアム・ウォーカー : 驚くべき愛

- シェーカー霊歌 -
生活よ、シェーカーの生活よ
おお愛よ、甘き愛よ
さあ、いとしの人よ
柳のようにしなやかに
現世の命
頑固なオーク
シンプル・ギフト

- 南北戦争からの音楽 -
アーミー・オブ・ザ・フリー
メリーランド・マイ・メリーランド
ロレーナ
ダニエル・ディケイター・エメット : 綿花の土地に帰ることが出来たら
アル・ウッド : ダンス・ミー・ア・ジグ

- リヴァイヴァル・ミーティングと霊歌 -
ステファン・コリンズ・フォスター : ハード・タイムズ・カム・アゲイン・ノー・モア
シナーマン 〔編曲 : フレデリクセン〕
マッサ・M・ウォーナー : 聞け、おお主よ、私が叫ぶとき

ジョエル・フレデリクセン/アンサンブル・フェニックス・ミュンヒェン

harmonia mundi/HMC 902085