音のタイル張り舗道。

クラシックという銀河を漂う... 

フランス革命前夜とその後で、パリ、交響曲の諸相...

AP186.jpg
 
さて、昨日は、フランス革命記念日、パリ祭!つまり、おめでたい日。が、歴史をつぶさに見つめれば、おめでたいとばかりも言えないフランス革命(画期的だった人権宣言、理想に輝いていた自由、平等、博愛の精神は、あっという間に吹き飛んで、暴力と破壊と混乱の日々... )。そもそも、歴史とは、全てが良くて、全てが悪いなどと安易に白黒付けられるシロモノではない。輝きに満ちた瞬間があれば、必ず影があり、また暗闇の中にも光はある。いや、歴史において、善悪は、複雑に絡み合っていることが常(カの国の青い瓦屋根のお屋敷に住まわれている閣下、そういうものです。今こそ、"ありのまま"の歴史と向き合いましょう!さすれば、口だけでなく、本当に未来へと歩み出せるはず... )。そういう真実を踏まえれば、目の前に散在する問題も、的確に片付けて行くことができるように思う。いや、今、世界各地で起きている様々な問題の背景を考えると、歴史をつぶさに見つめる集中力を欠いているように思えてならない。なぜ現状がそうなのかをきちんと把握できず、あっちでも、こっちでも、ただただ、ただただ、駄々を捏ねるばかり... 嗚呼、明けぬ梅雨空の下、鬱々としてしまいますね。
ということで、キャッチーな革命歌をふんだんに盛り込んだ協奏交響曲で、湿気った気分を吹き飛ばす!フランス革命期に活躍した作曲家、ダヴォーとドヴィエンヌの協奏交響曲に、革命前夜、パリで初演されたハイドンのパリ・セットから、82番、「熊」を、ジュリア・ショーヴァン率いる、ピリオド・オーケストラ、ル・コンセール・ドゥ・ラ・ロージュの演奏(APARTE/AP 186)で聴く。
====
フランス革命は、フランスにおける文化大革命でもあって、当然、音楽にも... 音楽そのものにも、大き過ぎる影響をもたらした。18世紀、バロックからロココへ、そして古典主義謳歌したパリの音楽シーンは、ヨーロッパ中から腕利きを集め、競争も激化(ラモーvsナポリ楽派、グルックvsナポリ楽派、ブフォン論争で大盛り上がり!一方、かのモーツァルトは若造扱い... )。そうして、ますます磨かれ、充実を極めたところからのフランス革命... 宮廷教会と深く結び付き、発展して来たフランスの音楽であり、王族たち、貴族たち、富裕な市民たちに支えられて来たパリの音楽シーンであって、それらを担って来た音楽家たち、音楽家たちが磨き、充実させた音楽も、今や糾弾の対象... 1789年を境に、天から地へ、フランスの音楽は苦境に立たされる。そうした中で、革命側に立つ音楽家も登場。パリ切っての大富豪、財務官、ラ・ププリニエールの指揮者、王族、コンデ公の指揮者をも務めたゴセック(1734-1829)は、その代表... また、充実を極めたパリの音楽シーンで、なかなか頭角を示すことのできなかった若手たち、例えばメユール(1763-1817)などは、フランス革命こそチャンスに変えた。で、ラッキーだったのが、イタリアからやって来たケルビーニ(1760-1842)。革命の前年にパリで仕事を始め、外国人の巨匠たちが去った後もパリに残ったことで、やがてフランス楽壇の権威として君臨することに... 革命歌が街中に溢れる中、アンシャン・レジームが磨いて来た確かな音楽の技術を以ってして、柔軟に革命を取り込み、混乱の最中をサヴァイヴした作曲家たちのしたたかさ、生き残り戦略は、なかなかおもしろいものがある。
そんな作曲家のひとり、ダヴォー(1742-1822)。ヴァイオリニストとして活躍し、協奏交響曲の作曲家として人気を博するも、音楽は趣味?革命以前も、革命以後も公職に就いて仕事をし、またメトロノームに先立ち、拍子を刻む機械を発明したりと、実に多彩な人物... そんなダヴォーの、1794年に作曲された2挺のヴァイオリンとオーケストラのためのト長調の協奏交響曲(track.5-7)を聴くのだけれど、これがまさしく革命期の音楽!まず、1楽章(track.5)から聴こえて来る「ラ・マルセイエーズ」におおっ?!となる。けど、単に革命風で怒れる市民のご機嫌を取ろうというレベルではなく、「ラ・マルセイエーズ」のメロディーを余すことなく使い、まるで変奏するかの如く、ソロとオーケストラで巧みに充実した音楽を織り成す。それは、野卑な革命歌の対極を行く、まさに洗練された音楽。そもそも協奏交響曲というジャンルは、古典主義の時代、パリで人気を集めたもの... モーツァルトがパリ進出にあたり、フルートとハープのための協奏曲などを手掛けていることからも、当時のパリでの協奏交響曲人気は窺える。つまりアンシャン・レジームの音楽を象徴するひとつが協奏交響曲であったとも言えるわけだ。そして、それを得意としていたダヴォー... いや、まさに1楽章の充実っぷりを聴けば納得。なのだけれど、少し見方を変えれば、「ラ・マルセエーズ」を用いて、アンシャン・レジームが築いて来た充実を、新たな聴衆に思い知らせるようにも感じられて、何だか凄く痛快!続く、2楽章(track.6)は、緩叙楽章らしくしっとりと美しく... 終楽章(track.7)では、再び革命歌が彩り、「ラ・カルマニョーラ」の小気味良いテーマから「サ・イラ」の勇ましいテーマを用い、キャッチー!でありながら、ダヴォーのアンシャン・レジーム仕込みの確かな腕が冴え渡り、まるでアンシャン・レジームが革命を呑み込んでしまったかのよう。いや、これはもっと取り上げてもいい作品だと思う。
さて、ダヴォーの後には、やはり革命後も活躍(創設間もないコンセルヴァトワールの教授を務める... )したフルートのヴィルトゥオーゾ、ドヴィエンヌ(1759-1803)の4番の協奏交響曲が取り上げられる。フルート、オーボエバスーン、ホルンとオーケストラのための協奏交響曲は、フランス革命の年、1789年に作曲され、作曲家自身のフルートによって、バスティーユ襲撃以前、まさに革命前夜にパリで初演されている。という背景を知ると、その音楽が、アンシャン・レジームのパリの音楽の集大成にも思えて来る。4つの楽器が見事に綾なす1楽章(track.8)に、4人のソリストがそれぞれに妙技を披露する2楽章(track.9)... 古典主義ならではの輝かしさ、花々しさ包まれながら、音楽の充実をたっぷりと味わう前半に、ヴィルトゥオージティが前面に立てられた後半。当時のコンサート・ホールが沸くのが見えるよう(って、ここでの演奏、ライヴ録音でして、それぞれのソロの演奏の後に拍手が入る!)。そして、当時、最もコンサート・ホールを沸かせたのがハイドン交響曲!ということで、このアルバムの冒頭に取り上げられるのが、パリ・セットから1786年に作曲され、翌、1787年にパリで初演された82番、「熊」(track.1-4)。いやー、ウィーン古典派の質実剛健サウンドがガツンと来ます!熊だけに?というより、パリの協奏交響曲が、実にたおやかであったかを思い知らされる聴き応え。偽ハイドンが出回るほどパリで人気を博したハイドン交響曲だけれど、納得。と同時に、その聴き応えを生む力強さに、次なる時代の予兆も窺える。パリ・セットを改めてパリから見つめると、ハイドンの先進性、その確かな音楽に唸ってしまう。
という、革命前夜と革命期の、実に興味深いパリの交響曲―協奏交響曲を聴かせてくれたショーヴァン+ル・コンセール・ドゥ・ラ・ロージュ。ハイドンのパリ・セット、全6曲から1曲ずつと、その当時のパリの音楽シーンを沸かせた作品を取り上げるシリーズ、第3弾にあたるこのアルバム、第3弾だけに、より自信が感じられ、その自信が、かつてのパリを活き活きと蘇らせて、惹き込まれる!ハイドンではより力強く、一音一音を雄弁に鳴らしつつ、「熊」というタイトルを引き立てるように、豊かな表情を引き出す。一方、協奏交響曲では、フランスならではの明晰さと、そうして引き出されるキラキラとした輝きが印象的。もちろん、ソロもすばらしく、ドヴィエンヌの協奏交響曲の2楽章(track.9)では、存分にその妙技を楽しませてくれる(拍手も入ります!って、このノリが、かつての雰囲気なんだろうなァ... )。またソロとオーケストラの息の合った演奏も聴き所... ル・コンセール・ドゥ・ラ・ロージュの、密なアンサンブルがあってこそ引き出される協奏交響曲としての魅力、間違いなくあった。そうして、躍動するハイドン、輝き出すダヴォー、ドヴィエンヌ... ウィーン古典派とパリの古典主義、革命前夜と革命期の音楽の違い、変化を、そこはかとなしに強調してみせて、時代をより立体的に追体験させてくれる。いや、ライヴ録音ならではの臨場感が、かつてをよりリアルに蘇らせるよう。
HAYDN-L'OURS LE CONCERT DE LA LOGE JULIEN CHAUVIN

ハイドン : 交響曲 第82番 ハ長調 「熊」 Hob.1-82
ダヴォー : 協奏交響曲 ト長調 **
ドヴィエンヌ : 協奏交響曲 第4番 ヘ長調 ****

ジュリアン・ショーヴァン(ヴァイオリン) *
シュシャヌ・シラノシアン(ヴァイオリン) *
タミ・クラウス(フルート) *
エンマ・ウラック(オーボエ) *
ハヴィエ・ザフラ(バスーン) *
ニコラ・シュドメイユ(ホルン) *
ジュリアン・ショーヴァン/ル・コンセール・ドゥ・ラ・ロージュ

APARTE/AP 186