音のタイル張り舗道。

クラシックという銀河を漂う... 

戴冠式。

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ラグビーのワールドカップで、沸きに沸いたのも束の間、スーパー台風に戦慄し、その被害に衝撃を受け、それでもブレイヴ・ブロッサムズは戦い、勝ち、決勝トーナメントへの扉は開かれた!扉を開くための、魔法のような数々のトライ("にわか"もすっかりエキサイト!)と、その裏にあるだろうたゆまぬ努力が透けて見えて来るワン・チームの逞しさ... その姿は、応援する我々に、元気と、新たな時代への示唆を与えてくれたような気がする。そして、本日、即位の礼源氏物語でも見るような雅やかな装束に息を呑み、ライヴを見つめれば、降っていた雨は次第に上がり、晴れ間が顔を出すという... 何でも、東京には、その瞬間、虹が掛かったというではありませんか!令和となって6ヶ月が経とうとする中、振り返ってみれば、良いことも、悪いことも、際立って、戸惑いすら覚える日々... なればこそ、この先に、良いことがありますように、いや、良くして行かねば!しっかりスクラム組んで、オフロードだってなんだって、トライを目指そう!そんな風に願わずにいられない、10月22日。
ということで、5月1日の戴冠ミサに続いての「戴冠式」!ロナルド・ブラウティハムが弾くピリオドのピアノ、マイケル・アレクサンダー・ヴィレンズ率いるケルン・アカデミーの演奏で、モーツァルトのピアノ協奏曲、17番と26番、「戴冠式」(BIS/BIS-1944)を聴く。
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戴冠式」というタイトルでお馴染みの、モーツァルトの26番のピアノ協奏曲が作曲されるのは、当の戴冠式の2年前、1788年... なのだけれど、話しは、さらに2年を遡りまして、1786年、人気ピアニストとしてウィーンの寵児であったモーツァルトが、満を持して、音楽シーンの花形、オペラ・ブッファに挑んだのが、『フィガロの結婚』。今では、モーツァルトの代表作だけれど、当時は、才能犇めくウィーンの熾烈な競争に巻き込まれ、早々に打ち切りに... そして、モーツァルトの人気には陰りが... しかし、所を変えてプラハで上演されると、大成功!矢継ぎ早に次作が委嘱され、1787年モーツァルトの指揮で初演されたのが『ドン・ジョヴァンニ』。もちろん大成功!プラハでのモーツァルト熱は、やがて、ウィーンにも伝えられこととなり、宮廷作曲家にも任命されたモーツァルト... そして、オペラ作家から、再びピアニストとして本腰を入れようと書かれたのが、26番のピアノ協奏曲(track.4-6)。そんな背景を見つめながら改めて聴いてみると、この作品の特性が際立つような気がして来る。どれも同じように花々しいモーツァルトのピアノ協奏曲だけれど、よくよく聴けば、けして一様ではない...
1781年、25歳の時にザルツブルクからウィーンへと出て来て、瞬く間に人気ピアニストとなってのピアノ協奏曲には、勢いがあった!そこには、ピアノというまだまだ新しかった楽器の特性をどれだけ引き出せるか、ピアノの表現の幅をどこまで拡張できるか、若きピアニストの挑戦に充ち満ちていた。が、一端、ピアノを離れて、再び向かい合ったピアノ協奏曲には、落ち着きが感じられ、ある意味、無理が無い。1楽章、冒頭の堂々たるオーケストラの序奏は、まさに「戴冠式」を思わせる典雅さに彩られ、そうして繰り出されるピアノはますます華麗で、かつての挑戦とは一味違う巨匠感が漂う。2楽章、ラルゲット(track.5)では、戴冠式は一休み?程好い憂いを含みつつの軽やかな音楽を展開し、子守唄を思わせるような、やさしいメロディーがたまらない... モーツァルトのこどもの頃の無垢がふわっと蘇るようで、何だか感慨深い。そして、終楽章(track.6)では、冒頭、ピアノによるラヴリーなテーマにまず耳が持って行かれるのだけれど、そのイメージとは裏腹に、音楽そのものは実に充実したものが展開され、オペラの荒波に揉まれての作曲家としての腕をひとつ上げての音楽が感じられる。
そんな、26番のピアノ協奏曲は、1790年、神聖ローマ皇帝、レオポルト2世(在位 : 1790-92)の戴冠式が行われたフランクフルトで演奏(初演は、その前年、ドレスデンの宮廷に立ち寄った時... )される。迎える新しい皇帝の治世下、某かのチャンスを得ようと演奏。結局、チャンスは得られなかったものの、これが、「戴冠式」と呼ばれる所以。その時、19番も一緒に演奏されているのだけれど、26番の方が「戴冠式」と呼ばれるように... いや、納得の花々しさがある。そして、モーツァルトがキャリアを掛けて演奏しただけの充実が響き出す。モーツァルトの人生は35年と短い。その短い人生の中で、27番ものピアノ協奏曲を書けば、似通ったイメージにもなりそうだけれど、丁寧に番号を追えば、そこには驚くべき成長と、26番のように、成長を経ての、巨匠然とした、熟成された音楽が存在している。そうした道程を辿れば、26番の「戴冠式」は、ピアニスト、モーツァルトの戴冠だったようにも思えて来る。そして、モーツァルトの戴冠は、確かな充実が生む花々しさが素敵!
という戴冠式に合わせて演奏された「戴冠式」から6年を遡った1784年に作曲された17番のピアノ協奏曲(track.1-3)も聴くのだけれど... それは、ウィーンに出て来て3年、一気に書かれた6つのピアノ協奏曲、14番から19番までの4曲目。まさに、ピアニスト、モーツァルトがイケイケだった頃のピアノ協奏曲。勢いがあって、何とも言えず若々しい!20番以降のような新たな次元へと踏み込む挑戦こそ無いものの、十分にモーツァルトらしさに溢れていて... 2楽章、アンダンテ(track.2)では、たっぷりと愉悦を含み、うっとり。終楽章(track.3)では、一度聴いたら口ずさめそうなくらいキャッチーなテーマ(何か、クリスマス・キャロルっぽいのだよね... )が、めくるめく変奏されて、楽しい気分がどんどん膨らむ!この天真爛漫さ、モーツァルトだなと... 「戴冠式」の巨匠然とした花々しさとは違うさわやかさが得も言えず心地良い。その心地良さ、調子の良さから「戴冠式」を聴くと、また違った感慨も浮かぶ。天才モーツァルトの荒波を乗り越えての花々しさが沁みる。
そんな、2つのピアノ協奏曲を弾く、ブラウティハム... いつもながらのクリアなタッチは冴えていて、軽快にスコアをなぞり、颯爽としたモーツァルトを繰り広げる。その小気味の良さに、21世紀のモーツァルト像を意識させられるのだけれど、一方で、ピリオドのピアノ(1795年頃に製作されたアントン・ヴァルターのレプリカ... )ならではのトーンもしっかりと活かし、というより、ここがブラウティハム・マジック!さっぱりとピアノを発音させつつ、まあ見事に表情を引き出して、「しっとり」だったり、「愛らしい」だったり、十二分に聴かせてしまうから、凄い。そして、丁寧にして堂々たる演奏を繰り広げるヴィレンズ+ケルン・アカデミー!ブラウティハムによる、このモーツァルトのピアノ協奏曲のシリーズの魅力は、彼らの存在も間違いなく大きい... ピリオドの楽器の味わいを大切に、細部まで丁寧に響かせながら、オーケストラとしてのワン・チームの逞しさも聴かせる充実感。なればこそ、モーツァルトの音楽に厚みを生み、魅了されずにいられない。
Mozart: Piano Concertos Nos 17 & 26 • Brautigam

モーツァルト : ピアノ協奏曲 第17番 ト長調 K.453
モーツァルト : ピアノ協奏曲 第26番 ニ長調 K.537 「戴冠式

ロナルド・ブラウティハム(ピアノ : 1795年頃の製作、アントン・ヴァルターのレプリカ)
マイケル・アレクサンダー・ヴィレンズ/ケルン・アカデミー

BIS/BIS-1944