音のタイル張り舗道。

クラシックという銀河を漂う... 

ラモーからグルックへ... 奇怪、地獄巡りのミサ、"ENFERS"。

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近頃、「ヴィンテージ」とか、「昭和」とか、そういったワードが、何かと視野に入って来る。もちろん、ポジティヴな意味合いで... 時代遅れを乗り越えた古さは、思い掛けなく新鮮に映ってしまう魔法!リヴァイヴァルって、おもしろいなとつくづく思う。そんなリヴァイヴァルは、音楽でも顕著で、また音楽史を紐解けば、いつの時代にもあった。で、興味深いのが、18世紀のフランス... 1750年代、ブフォン論争によって攻撃された、リュリに始まるトラジェディ・リリクの伝統。その矢面に立たされたラモーだったが、その死後、1770年代、ラモーのスタイルは、ウィーンからやって来た改革オペラの旗手、グルックによってリヴァイヴァルされ、疾風怒濤期、フランス・オペラに新たな勢いを生み出す。そして、その勢いは、やがてロマン主義の呼び水となり... 古いものが、新たな使命を与えられ、見事、蘇り、さらには、未来までもがそこに予兆されるというこの刺激的な展開!この価値観がひっくり返る様子は、どこかフランス革命を予感させるところもある。で、価値観がひっくり返ってぶちまけられたのが激情... その激情には、地獄が覗くから、ますます刺激的... いや、これだから音楽史はおもしろい。
ということで、バロックの復讐!ステファヌ・ドゥグー(バリトン)をフィーチャーした、ラファエル・ピション率いるピグマリオンの演奏と歌で、ラモーとグルックによるドラマティックなシーンをまとめた"ENFERS"(harmonia mundi/HMM 902288)を聴く。
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18世紀、フランスといえば、ヴェルサイユやら何やらで、スーパー・ラグジュアリーかつ、ロココのフワフワ感に包まれて、夢見るようにお上品なイメージがあるわけです。クープランのキラキラとしたクラヴサンに、ラモーのお洒落で楽しいオペラ・バレ、あるいは、前回、聴いた、啓蒙主義の時代の自然に帰れ、シンプルにして麗しい歌曲など、時代を物語るたおやかな音楽は、イメージを裏切らない。が、そればかりでは無かったことを炙り出す、"ENFERS"、地獄の者どもたち... ラモー(1683-1764)、そして、グルック(1714-87)のトラジェディ・リリクから、地獄や冥府を舞台としたおどろおどろしいシーン、怒り、嘆きを歌うナンバーが次々に繰り出され、18世紀、フランスのたおやかさなんて、吹っ飛んでしまう。で、"ENFERS"が凄いのは、それらナンバーを、入祭唱、キリエ、昇階唱... と、死者のためのミサの枠組みに落とし込んでしまうところ。パリ国立図書館で発見されたラモーの『カストールとポリュックス』によるレクイエム(ラモーの葬儀で『カストール... 』からの音楽も用いられたようで、それが呼び水となったか?『カストール... 』によるレクイエムが無名のアレンジャーによって生み出されたらしい... )を、要所要所で歌い、地獄のレクイエムたる"ENFERS"を、実際の教会音楽としても補完してしまい、凄い。いや、何たる背徳感!何たる創意!世が世なれば、これ禁止されるやつだぞ...
という"ENFERS"、まずは、入祭唱。始まりは、ラモーの『ゾロアストル』(1749)の復讐のアレゴリーが歌う「嗚呼、私たちの怒りは無駄ではなかった」。その風雲急を告げる短い宣言(地獄の声に耳を傾けよ!)に続いて、ルベル(1666-1747)のバレエ『四代元素』(1737)の衝撃の幕開け(ペンデレツキもびっくりのクラスター!)、カオス(track.2)が演奏されるから、のっけから飛ばします。その後で歌われるのは、悲痛なラモーの『ダルダニュス』(1739)から「ここは怪物たちが荒した惨憺たる場所」(track.3)。さらに、ラモーの『カストール... 』のレクイエムから入祭唱(track.4)を、コーラスが壮麗に歌い、グルック(1714-84)の『トーリードのイフィジェニ』(1779)から2幕、オレストが母親殺しの罪に苛まれるドラマティックなシーン(track.4)があっての、キリエ(track.5)、主よ、憐れみ給え... ドラマと典礼が見事に重ねられ、激情と慰めが波のように引いては寄せ、聴く者を揺さぶって来る。特に、パリ時代のグルックの疾風怒濤の音楽のパワフルかつテンションの高さには、荒ぶる地獄の様相を目の当たりにさせられるようで、『オルフェとウリディス』(1774)からの地獄のシンフォニア(track.11)、復讐の女神たちの踊り(track.15)は、圧巻!そういう激しさの一方で、最後、イン・パラディスムでは、名曲、美しい『オルフェ... 』の精霊の踊り(track.21)に始まり、安らぎに満ちたラモーの「主よ、永遠の安息を彼らに与え」(track.22)が歌われ、ラモーの『レ・ボレアド』(1764)のポリムニの入場(track.23)の穏やかな音楽で締められる。はぁ~ ため息。それまでが激しかったから、イン・パラディスム、楽園のやさしさが沁みる。
しかし、凄いです、ドゥグー・フューチャリング、ピション+ピグマリオン!時としてギミックであり、露悪的にすら思える"ENFERS"だけれど、それが何か?と捲くし立てて、中てられるくらいに展開して来る。けど、精緻に配置されたナンバーが創り上げる新たな世界(もはや、黒ミサなんじゃ?)が、聴けば聴くほど活き活きとした表情を放ち、時に誘惑的ですらあるから怖ろしい。いや、怖ろしい子、ピション... この人のヴィジョンは、大胆にして、ただならない... そんなピションに応えるピグマリオンのオーケストラ部隊の迫力たるや!重低音を響かせて、ピリオドでありながら、18世紀というスケール感を揺るがせるほど... だから、一瞬、ベルリオーズとか、ロマン派の作曲家の音楽を聴いているのかな?なんて錯覚しそうになる。となると、もう、ラモーとか、グルックとか、そういう壁は取っ払われてしまって、まったく新しい音楽と向き合っているような新鮮ささえ覚える。もちろん、主役たる歌手陣も見事!ドゥグー(バリトン)の歌声は雄弁で、それでいて、低音ならではの艶やかさも見せて、激情も、慰めも、見事に歌い切り、聴き入るばかり... さらにピグマリオンの歌手たちもすばらしく、ネグリの伸びやかにしてドラマティックなソプラノ、メヘレンのピュアなオート・コントルは特に印象的で、ブリュネ・グルポーゾ(メッゾ・ソプラノ)が歌うフェードル(track.19)は、圧巻!これぞトラジェディ・リリクの魂... そして、忘れてならないのがピグマリオンのコーラス部隊。表情に富み、豊かなハーモニーを響かせるその歌声、大いに盛り上げる!
そんな"ENFERS"の盛り上がりに触れると、考えさせられる。18世紀の音楽の流れ、バロックから古典主義へ... は、正解なのだろうか?"ENFERS"に籠められた音楽は、古典主義に取って代わられた音楽ではなく、古典主義と対峙する音楽である。それほどにパワフルだし、癖が強い... それを踏まえ、18世紀に留まらず、もっと長いスパンで音楽の流れを見つめてみれば、ある対立軸が浮かび上がって来る。バロックの始まりは、オペラルネサンスに喧嘩を売ったのが始まり... でもって、喧嘩したからといって、ルネサンスが断絶するようなことはなく、ルネサンスは、古典的な性格として、あるいは伝統の技法が対位法としてバロックに取り込まれたり、また、古様式として、教会でその命脈を保っていた。が、やがて盛期バロックを迎えると、古典的性格は、再び盛り返し始め、前古典派としてまとまりが生まれると、古典主義へと駆け出し始める。そして、18世紀を折り返す頃、ブフォン論争を巻き起こし、今度は、古典主義が、「自然に帰れ!」とバロックに喧嘩を吹っ掛ける。一転、守勢となったバロックだったが、立て直し、疾風怒濤を巻き起こして、対峙。フランス革命が勃発すれば、旧支配層の趣味たる古典主義を攻撃し、アンチ古典主義としてのロマン主義の種を撒く!いや、アポロン的価値観(古典主義)とディオニュソス的価値観(バロック)の対立が、音楽史を前進させた?バロックから古典主義へ... ではなく、バロックと古典主義は、ライヴァル!と言えるのかもしれない。
ENFERS DEGOUT PICHON PYGMALION

- 入祭唱 -
ラモー : オペラ 『ゾロアストル』 から 「嗚呼!私たちの怒りは無駄ではなかった」
ルベル : バレエ 『四大元素』 から カオス
ラモー:オペラ 『ダルダニュス』ここが怪物の荒らしている悲惨な場所だ
ラモーの 『カストールとポリュックス』 に基づくレクイエム から レクイエム・エテルナム
グルック : オペラ 『タウリスのイフィジェニ』 から 「神よ!このおそろしい海岸の守り手」

- キリエ -
ラモーの 『カストールとポリュックス』 に基づくレクイエム から キリエ・エレイソン
ラモー : オペラ 『イポリートとアリシ』 から 「神よ!いくつもの不運がこの場でうめいている!」
ラモー : オペラ 『愛の驚き』 から ルール

- 昇階曲 -
グルック : オペラ 『アルミード』 から 「深い暗闇が口を大きく開けているのしか見えない」
ラモーの 『カストールとポリュックス』 に基づくレクイエム から ドミネ・イエス

- セクエンツィア -
グルック : オペラ 『オルフェとウリディス』 から 地獄のシンフォニア
ラモー : オペラ 『ゾロアストル』 から 「いたましい犠牲者たちの生活を終わりにしよう」
ラモー : オペラ 『ゾロアストル』 から 地獄の精霊たちのためのエール・グラーヴェ
ラモー : オペラ 『ゾロアストル』 から 「何という幸せ!地獄は私たちの味方」
グルック : オペラ 『オルフェとウリディス』 から 復讐の女神たちの踊り
ラモー : オペラ 『イポリートとアリシ』 から 「汝、未来の暗闇を見通す者よ」、「突然の汝の恐ろしい運命が我々の中に浮かび」

- 奉献唱 -
ラモー : オペラ 『イポリートとアリシ』 から 「私は何を聞いたのか?」、「力強い波の主よ」
ラモーの 『カストールとポリュックス』 に基づくレクイエム から 私たちは賛美の生け贄と祈願をあなたに捧げます
ラモー : オペラ 『イポリートとアリシ』 から 「私をここに召喚したこれらの悲しみは何か?」
ラモー : オペラ 『イポリートとアリシ』 から 「もうあなたには会わないだろう」

- 聖体拝領唱、イン・パラディスム -
グルック : オペラ 『オルフェとウリディス』 から 精霊の踊り
ラモーの 『カストールとポリュックス』 に基づくレクイエム から 永遠の安息を彼らにあたえたまえ
ラモー : オペラ 『レ・ボレアド』 から ポリムニの入場

ステファヌ・ドゥグー(バリトン)
ラファエル・ピション/ピグマリオン

harmonia mundi/HMM 902288