音のタイル張り舗道。

クラシックという銀河を漂う... 

フランスにおける"交響曲"とは... フランスの山人の歌による交響曲。

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交響曲というと、やっぱりドイツ―オーストリアのイメージが強い... で、フランスはというと、やっぱり影が薄い。けど、音楽史を紐解けば、交響曲が形作られて行く18世紀、パリの音楽シーンが担った役割は、けして小さくは無い。当時、パリを代表するオーケストラ、ル・コンセール・スピリチュエルは、ゴセックルデュクらフランスの作曲家はもちろん、マンハイム楽派交響曲モーツァルトパリ交響曲をも演奏し、交響曲の父、ハイドンに関しては、1780年代、ライヴァル、コンセール・ド・ラ・ロージュ・オランピークと競って取り上げ、一大ブームを巻き起こす(そうした中から、かのパリ・セットが委嘱され、偽ハイドンまで登場... )。が、19世紀に入るとフランスの作曲家たちは、交響曲よりもオペラでの名誉に傾倒、幻想交響曲(1830)という突き抜けた作品を生み出すも、フランスにおける交響曲は下火に... そんな空気を大きく変えたのが普仏戦争(1870-71)。この戦争でフランス帝国は瓦解し、ドイツ帝国が成立するわけだけれど、その事実を目の当たりにしたフランスの作曲家たちは、やがて音楽でドイツを克服しようと覚醒!1880年代、フランスの交響曲の名作が、次々に誕生する。
ということで、フランスにおける交響曲の覚醒に注目してみようと思う。ラモン・ガンバが率いたアイスランド交響楽団による、ダンディのオーケストラ作品のシリーズから、第5弾、フランスの山人の歌による交響曲(CHANDOS/CHAN 10760)を聴く。

フランス人にとっての"交響曲"とは、どんなものか?18世紀後半、パリの音楽シーンでは、ハイドンが一大ブームとなる一方で、人気を集めていたのは協奏交響曲。つまり、純粋な絶対音楽=交響曲ではなく、ソリストたちが妙技を競い合う、見た目に華やかなもの... 19世紀、ロマン主義の時代を迎え、その申し子とも言えるベルリオーズが書いた異形の交響曲幻想交響曲は、絶対音楽=交響曲という概念から逸脱することで、フランスのみならず、ドイツにも大いに刺激を与えた。そして、普仏戦争後、フランスの作曲家たちがオペラ以外に目覚めてからの代表的な交響曲が、そのまま、ズバリ、「オルガン付き」のサン・サーンスの3番(1886)... という風に改めてフランスの交響曲を振り返ってみると、どこか交響曲として素直じゃない。いや、フランス人にとっての"交響曲"は、何か屈折した感情を抱かせる悩ましい存在ですらあった。そもそも、普仏戦争の敗戦後、1870年代、フランスの作曲家たちは、すぐに交響曲に飛び付くようなことはしなかった。というより、あまりにドイツのイメージが定着していた交響曲を忌み嫌いすらしていた。敗戦を受けて盛り上がったナショナリズムは、作曲家たちにドイツ・アレルギーを植え付け、かえってフランスの音楽を硬直させてしまった側面も... そうした中、フランク(1822-90)が、いち早くドイツへの扉を開こうとする。当然、楽壇には対立が生まれるわけだけれど、先行するドイツの音楽のロジックを引き込むことで、フランスの音楽に新たな展開をもたらそうとするフランクの活動は、若い世代の作曲家たちを刺激し、やがて、ドイツを越えてゆく、20世紀のフランス近代音楽へとつながって行く。
さて、その若い世代の筆頭だったのが、ダンディ(1851-1931)。王党派の貴族の家に生まれたダンディは、厳格な祖母によって育てられる一方で、その祖母からピアノを習い始めたことを切っ掛けに、音楽への関心を高め、コンセルヴァトワールのピアノ科の教授、マルモンテルらからピアノを本格的に学ぶ機会を得ると、瞬く間に才能を開花。マルモンテルに付いて学んでいたラヴィニャックからは和声を学び、作曲を試みるようになる頃には、音楽の道へ進むことを決意。そこに、普仏戦争が勃発。19歳となったダンディは、戦地へと赴く。が、前述の通り、フランスは呆気無く、敗戦。無事に帰還したダンディは、敗戦の翌年、1872年、コンセルヴァトワールに入学。フランクに師事し、ドイツの音楽に興味を抱くようになる。1876年には、バイロイトで『ニーベルングの指環』の初演を体験、すっかりワグネリアンに... その後もフランクの一番弟子として作品を発表し続け、その名声はじわじわと高まり、1886年に初演された劇的伝説曲『鐘の歌』の大成功により、決定付けられる。そして、同じ年に完成されたのが、ダンディの代表作、フランスの山人の歌による交響曲(track.1-3)!ワグネリズムは一休みして、ドイツではなく、フランスの内部を見つめた音楽は、ダンディ伯爵家のルーツでもある、中央高地、セヴェンヌ山脈に伝わる民謡をテーマに用い(だから、セヴェンヌ交響曲とも... )、ある意味、ナショナリスティックな音楽?また、ピアノが大活躍し、協奏交響曲的に展開するあたりは、フランスの伝統(18世紀の協奏交響曲があり、フランス製交響曲の顔、サン・サーンスの「オルガン付き」があり... )を踏まえたとも言えるのかもしれない。
そんなフランスの山人の歌による交響曲(track.1-3)の魅力は、何と言っても"山人の歌"を用いたからこその人懐っこさ!フランスの中央高地は、カントルーブのオーヴェルニュの歌で知られるフォークロワ王国。それは、フランスにおける文化のメインストリームから外れ、独特な感性(オック語文化圏の名残... )を育んで来た地域であって、"山人の歌"には、フランスにして一味違う牧歌的なテイストが印象的... それを巧みに交響曲に落とし込み、ピアノが華麗に響かせて... 1楽章、のどやかさからの雄大な景色、2楽章(track.2)の少し仄暗さも含みつつの豊かに広がる詩情、そして終楽章(track.3)、軽快なリズムに、キャッチーなメロディーで盛り上がる、ローカルであることの楽しさがポジティヴに爆ぜて魅了されずにいられない!で、そういうローカルなテイストを見事に活かし切る、交響曲としての底堅さも印象深い。いや、その瑞々しい響きには、フランスならではの色彩への鋭敏な感性と、ドイツ由来のロジカルさが絶妙に結ばれて、上質な音楽を紡ぎ出す。幻想交響曲のようなインパクトは無いし、「オルガン付き」のような派手さも無いけれど、フランスの山人の歌による交響曲には、より地に足の着いた音楽が見出され、ダンディの作曲家としての力量に感心。いや、侮り難し、ダンディ!
というダンディの作品を、ガンバが率いたアイスランド響の演奏で聴くのだけれど... 彼らのダンディのシリーズ第5弾ということもあって、実に手慣れた演奏でして... それでいて、イギリスのマエストロと、北欧のオーケストラという、フランスに対する距離感が、絶妙に効き、良い意味で、フランスらしさが洗い流され、ダンディの音楽そのものがすくい上げられるよう。そうして聴こえて来る、ダンディの音楽の上質さ!フランスのセンスとドイツのロジックが巧みに綾なされて生まれる揺ぎ無さを、卒なく響かせる、ガンバ、アイスランド響... フランスの山人の歌による交響曲の後で演奏される、オペラ『フェルヴァール』の第1幕の前奏曲(track.4)や、ボニエールの物語による伝説曲『セージの花』(track.5-8)の瑞々しさは、イギリスのニュートラルさ、北欧の透明感があって、ますます活きて来る!最後、劇音楽『メデ』(track.9-13)では、劇伴ならではの情景描写、ドラマ性を、丁寧に鳴らし、フランスらしい雰囲気も見せて、素敵。それから、忘れてならないのが、フランスの山人の歌による交響曲(track.1-3)でピアノを弾くロルティ!その小気味良いタッチから生み出されるキラキラとしたサウンドは、ダンディの音楽のフランス性を強調し、花々しい!惹き込まれる。

d'Indy: Orchestral Works, Volume 5

ダンディ : フランスの山人の歌による交響曲 Op.25 *
ダンディ : オペラ 『フェルヴァール』 Op.40 から 第1幕の前奏曲
ダンディ : ボニエールの物語による伝説曲 「セージの花」 Op.21
ダンディ : 劇音楽 『メデ』 Op.47

ラモン・ガンバ/アイスランド交響楽団
ルイ・ロルティ(ピアノ) *

CHANDOS/CHAN 10760



さて、ラグビー・ワールドカップ、終わってしまいましたね。まさか、こんな風に寂しい心地になるとは... 開幕前、予想だにしておりませんでした。いや、"にわか"にとっても、強烈に心に刻まれる1ヶ月強。これを糧に、こちらも前進せねば!うん、がんばろう。