音のタイル張り舗道。

クラシックという銀河を漂う... 

秋に聴くヴァイオル... ファビュラス!コンソート・ミュージック。

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ヴィオラ・ダ・ガンバの起源は、アラブの民俗楽器、ラバーブ(三味線に似ていて、弓を用いて鳴らす擦弦楽器... )に求めることができる。8世紀、イスラム勢力がイベリア半島に進出すると、ラバーブも地中海を渡り、10世紀には、キリスト教諸国にも伝えられたと考えられている。そこから、レベックやヴィエールといった中世の楽器が派生... やがて、ヴィエールは、ヴィオールに進化し、その低音域を担う大きなサイズのヴィオールを、足=ガンバで挟んで奏でたのが、ヴィオラ・ダ・ガンバ。いや、ラバーブヴィオラ・ダ・ガンバに... この展開が、実に興味深い。普段、音楽史を見つめていると、どうしても、イタリア、ドイツ、フランスあたりに集約されて来るのだけれど、民俗音楽/芸術音楽の枠組みを取っ払って、楽器の歴史まで視野を広げれば、音楽の文明間の交流まで浮かび上がり、とても刺激的なものを感じる。音楽はひとつながりなのだなと、まさに"ワールド・ミュージック"だなと... ならば、"ワールド・ミュージック"として、アカデミックな音楽を、クラシックを見つめると、また違った可能性が拓けるのかもしれない。が、そう、やわらかくないのがアカデミズムであって、クラシックか...
は、さて置き、ヘフラーシェンクフィンガーとドイツ・バロックにおけるヴィオラ・ダ・ガンバのいろいろを聴いて来たので、仕上げに、本家、イングランドへ!ドイツのヴィオール・コンソート、レゼスカパードの演奏で、ギボンズ、シンプソン、バードらの作品を集め、ヴァイオル黄金期を再現する、"Fabulous London"(CHRISTOPHORUS/CHR 77369)を聴く。

イギリスは、ヨーロッパ大陸から切り離された島国だけに、やっぱりどこか大陸とは違う時間が流れ、感性が育まれるのかもしれない(GBのEU出たい症候群の根底には、そういうものがあるのかもしれない... )。ということを意識させられるもののひとつに、イングランドにおけるヴィオラ・ダ・ガンバの隆盛があるのかなと... ヴィオラ・ダ・ガンバは、イングランドに限って人気を集めた楽器ではないけれど、イングランドほど花やかに展開された国は他に無かったように思う。エリザベス1世(在位 : 1558-1603)によるゴールデン・エイジを迎えたイングランドでは、音楽もまた大きく花開き... そして、器楽合奏の中心を占めたのがヴィオール、英語でヴァイオルによる合奏=コンソートだった。トレブル・ヴァイオル、テノール・ヴァイオル、バス・ヴァイオル(つまり、ヴィオラ・ダ・ガンバ... )による3声、あるいは、ダブルバス・ヴァイオル(ヴィオローネ)を加えての4声で織り成すホール・コンソート(同属の楽器のみで織り成すコンソート... )が人気を集めた。ヴァイオルの真っ直ぐな音色は、ポリフォニーをクリアに展開するのに最適であり、また同属の楽器による均質なハーモニーは、ルネサンスの美的感覚にも合致したのだろう... 17世紀に入り、大陸ではバロック(ハーモニーではなく、コントラスト!)への移行が始まる頃、海を隔てたイングランドでは、未だルネサンスポリフォニーは健在で... というより、爛熟期を迎え、ヴァイオル・コンソートも、そうした中、全盛期を迎える。まさに、ヴィオラ・ダ・ガンバの歴史において、ファビュラスな時代!
というファビョラスな時代を再現するのが、ここで聴く、"Fabulous London"。1曲目、チャールズ1世(在位 : 1625-49)の宮廷楽団の一員を務めたジェンキンス(1592-1678)のアルメイン(アルマンドの英名... )から、何ともファビュラス!その楽しげな音楽は、キャッチーで、ヴァイオルによる合奏は、ホモフォニックにも展開され、ルネサンスから一歩踏み出す音楽を聴かせて興味深い。続く、チャールズ1世の王妃、ヘンリエッタ・マリア(フランス王、ルイ13世の末の妹... )のオルガニストを務めたミコ(1690-1761)のファンタジアは、極めて伝統的にポリフォニーを織り成す。その重々しさもまた魅力!けど、イングランドの音楽がルネサンスに留まっていたことを思い知らしてもくれる。一転、シンプソン(ca.1605-69)の22の舞曲から4曲(track.3-6)は、明快なポリフォニーを織り成して、ダンスならではのリズムを刻み、踊らないまでも、耳には浮き立つものが... というシンプソンは、ヴァイオル・コンソートの全盛期を終わらせた、清教徒革命(1649)の時代を生きた作曲家。伝統の崩壊は、大陸の新しい形に呼応する機会を与えたか、イングランドにおけるポスト・ルネサンスの在り様が提示され、また興味深い。そこから、時代を遡って、まさにヴァイオル・コンソートの全盛期を生きた作曲家、ギボンズ(1583-1625)の4声のファンタジア(track.7)では、折り目正しいルネサンスポリフォニーが繰り出され、その端正な古典美に惹き込まれる!いや、"Fabulous London"のおもしろさは、イングランドにおける、未だ終わらない輝けるルネサンスと、そろそろ終わりにしたい古くなったルネサンスの、ちょっともどかしげな揺れを丁寧に綴るところかなと... ヴァイオル・コンソートの均質さの中に、スタイル的な揺れを籠めて、それとなしにヴァラエティに富んだ音楽を聴かせる妙!そこには、何かストーリーを感じさせるものがあって、聴く者のセンチメンタルを擽る。
しかし、ヴァイオル・コンソートによる音楽は、アルカイック!大陸の、バロックが生み出した通奏低音を伴って、ドヤ顔で音楽を構築していくのとはまったく異なる、いともおぼろげなる表情に魅了されずにいられない。例えば、エリザベス1世の宮廷で活躍したホルボーン(ca.1545-1602)の、メランコリーの印象(track.11)なんて、ルネサンスポリフォニーならではのヘヴンリーさがヴァイオル・コンサートから漂い出し、まさにファビュラス。で、おもしろいのは、そのヘヴンリーなサウンドが、思い掛けなく、モダンにも聴こえるところ... 一方で、器楽合奏だからこそ引き立つルネサンスポリフォニーの壮麗さも聴き所で... バード(ca.1543-1623)の、ブラウニング(track.9)から聴こえて来る複雑な音楽は、オルガンを思わせるところがあって、王室礼拝堂のオルガニストを務めたバードならではの響きなのかなと... やはり王室礼拝堂のオルガニストを務めたブル(ca.1562-1628)の、ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ(track.19)もまた、オルガンを思わせる響きの厚みがあり、味わい深いポリフォニーを聴かせる。いや、けして派手ではないけれど、豊かな音楽を紡ぎ出すヴァイオル・コンソート、侮れない。
という、"Fabulous London"を聴かせてくれるレゼスカペード。女性4人によるヴィオール・コンソートは、そこはかとなしに可憐さを見せながらも、すっきりとしたアンサンブルが小気味良く、古楽器ならではのヴィンテージ感は横に置き、彼女たちの確かな技術に裏打ちされた明晰なサウンドに感心させられる。ヴァイオルならではの繊細さを鍛え、磨き、抑えた鮮やかさを見せるそのサウンドは、ヴァイオルにして、ヴァイオルを越えて行くような確かさがあって、そこから織り成されるアンサンブルの見通しの良さは、徹底されており、圧倒的に澄んだハーモニーは、ただただ美しい。そして、澄み切ったハーモニーから生まれる、明るさが特徴的で、ヴァイオル・コンソートの全盛期を、ファビュラスに引き立てる。引き立てられて浮かび上がる、ルネサンス器楽合奏のひとつの到達点!バロックに取って代わられる運命ではあっても、堂々とありのままを響かせて、格好を付けないのがヴァイオル・コンソート... そこが、カッコいい!いや、この頑固さに、イングランド魂のようなものを見出せる気がする。"Fabulous London"のファビュラスは、意外と骨太。
Fabulous London Les Escapades

ジョン・ジェンキンス : アルメイン
リチャード・ミコ : ファンタジア 第3番
クリストファー・シンプソン : アルメイン 第2番 〔22のダンス から〕
クリストファー・シンプソン : エアー 第4番 〔22のダンス から〕
クリストファー・シンプソン : コラント 第3番 〔22のダンス から〕
クリストファー・シンプソン : エアー 第6番 〔22のダンス から〕
オルランド・ギボンズ : ファンタジア 第1番 4声
アウグスティーノ・バッサーノ : アウグスト・パヴァン 〔『トランブル・リュート・ブック』 より〕
ウィリアム・バード : ブラウニング
クリストファー・シンプソン : ディヴィジョン 第5番
アントニー・ホルボーン : メランコリーの印象
アントニー・ホルボーン : ガリアルド
アルフォンソ・フェッラボスコ2世 : ファンタジア 第14番
トバイアス・ヒューム : 音楽の情熱
オルランド・ギボンズ : イン・ノミネ
オルランド・ギボンズ : ファンタジー 第1番 3声
トーマス・シンプソン : 愛らしいロビン
作曲者不詳 : チョウ・ベンテ 〔マシュー・ホームズの写本 より〕
ジョン・ブル : ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ クロマティック・ヘクサコード・ファンタジー
マシュー・ロック : ファンタジー組曲 第2番 から〕
ウィリアム・バード : セリンジャーのラウンド

レゼスカペード
フランツィスカ・フィンク(トレブル・ヴァイオル/バス・ヴァイオル)
サビーネ・クロイツベルガー(トレブル・ヴァイオル/バス・ヴァイオル)
バルバラ・プファイファー(アルト・ヴァイオル/バス・ヴァイオル)
アディーナ・シェイング(アルト・ヴァイオル/バス・ヴァイオル/ヴィオローネ)

バルバラ・ライタラー(バス・ヴァイオル)
アンドレア・コルデュラ・バウアー(ルネサンスリュート)

CHRISTOPHORUS/CHR 77369