音のタイル張り舗道。

クラシックという銀河を漂う... 

ベルリオーズ、らしさを反転させて輝かせる『キリストの幼時』。

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音楽史において、「異端児」という言葉は、この人のためにあるんじゃないかとすら思う、ベルリオーズ... 没後150年のメモリアル、改めてベルリオーズと、ベルリオーズが活きた時代を見つめると、この異端児を生み出した時代性、その時代をも揺さぶるベルリオーズの異端児っぷりが、何だかマンガのようで、21世紀からすると、めちゃくちゃおもしろい(裏を返せば、我々が生きている時代は、あまりに整い過ぎている... ゆえの閉塞感?)。古典主義のカウンター・カルチャーとして登場したロマン主義... ベルリオーズが本格的に音楽を学び始めた頃、ロマン主義はカウンターからメインへとのし上がり、その下克上の波に乗って、さらなる衝撃を与えるベルリオーズ絶対音楽=交響曲にストーリーを持ち込む掟破り、幻想交響曲(1830)に始まり、ヴァーチャル黙示録?巨大なレクイエム(1837)、2日分?長大なオペラ『トロイの人々』(1858)などなど、それまでの枠組みから逸脱する作品を次々に送り出し、当時の人々を驚かしたわけだが、それらは時代を経た現在に至っても十分に驚かせてくれる規格外!やっぱり、ベルリオーズは異端児... さて、そんなベルリオーズの、ちょっと大人しめの作品、オラトリオ『キリストの幼時』を聴いてみようと思う。この大人しいあたりが、異端児にとっての異端?
ということで、レクイエム荘厳ミサに続いて、ベルリオーズ・メモリアルの総決算に... ロビン・ティチアーティの指揮、スウェーデン放送交響楽団の演奏、スウェーデン放送合唱団、ヤン・ブロン(テノール)、ヴェロニク・ジャンス(ソプラノ)、シュテファン・ローゲス(バリトン)、アラステア・マイルズ(バス)の歌による、ベルリオーズのオラトリオ『キリストの幼時』(LINN/CKD 440)。

ベルリオーズにしては、大人しめの作品、オラトリオ『キリストの幼時』。なぜ、"大人しめ"かというと、フェイク・バロックだから?友人の建築家、デュックにリクエストされ書いたメロディーが、思い掛けなく古風で、素敵だったんで、それっぽく宗教的な詩を乗せて「聖家族への羊飼いのたちの別れ」という合唱曲に仕立て上げる。で、その作品をデュックの名で世に出そうとしたら、デュックが嫌がったため、デュックの名をもじって、"デュクレ"なるバロック期の作曲家を創造し、その作品としてしまうベルリオーズ... 1850年の初演の際は、パリのサント・シャペルの楽長だったデュクレによる1679年のオラトリオの断章として紹介(それは、ちょうど、リュリ全盛の時代で、後にサント・シャペルの楽長となるシャルパンティエあたりをイメージしたか?)。多くの聴衆、批評家(普段は、異端児、ベルリオーズの音楽に小うるさいはずの... )たちは、それを信じ切って、絶賛(1852年に、ベルリオーズの作品であるとネタばらし... )。この成功にヒントを得たベルリオーズは、断章ではなく、オラトリオそのものの作曲に乗り出す。そうして1854年に完成したのが、ここで聴く、オラトリオ『キリストの幼時』。イエスの幼児期を描くからか、フェイク・バロック、「聖家族への羊飼いのたちの別れ」に端を発するからか、とにかく、異端児、ベルリオーズとしては異端な大人しめな音楽となったわけだけれど、どう大人しめかというあたりを丁寧に見て行くと、またそこに異端児ならではの大胆さも見出せる。そもそもフェイク・バロックというのが、古楽の先取りであるようで、擬古典主義の先駆とも言えるわけで、攻めている!何より、みんなを騙し果せたあたり、異端児の本懐(ベルリオーズ名義ならば叩く!けど、権威あるサント・シャペルの楽長=過去の巨匠ならば、絶賛... )か?
3部構成で、イエス降誕の後を描くオラトリオは、新たな王、イエス降誕に慄くヘロデ王の様子を描いた第1部、「ヘデロの夢」(disc.1, track.1-8)、そのヘロデ王が、新たな王の登壇を未然に阻止するため断行される幼児虐殺... それから逃れるため、イスラエルを離れるイエス一家、聖家族を描いた第2部、「エジプトへの逃避」(disc.1, track.9-11)、そして、苦しい旅の果てにエジプトのサイスに辿り着いた避難民、イエス一家が、やがてとある家にかくまわれるまでを描く第3部、「サイスへの到着」(disc.2)からなる。いや、新約聖書の中でも、ちょっと薄味な場面を並べて、改めて見つめれば、オラトリオとして、これでいいのか?とも思う。しかし、劇的交響曲「ロメオとジュリエット」に通じるような、ストーリーを展開することに注力しない、それぞれの場面こそを瑞々しく活写して、連作カンタータのような印象をもたらす(実は、ベルリオーズ自身、この作品をオラトリオとは銘打たず、"trilogie sacrée"、神聖三部作としている... )。だから、それぞれに少しずつ違ったトーンがあって、おもしろい。第1部、ヘロデ王の宮廷を描く場面は、トラジェディ・リリクを思わせる古典的なドラマティシズムが印象的で... そこから一転、第1部の最後、マリアとヨセフの穏やかな二重唱(disc.1, track.7)では、スっと肩の力が抜けて、温かで、続く、第2部の牧歌劇を思わせる長閑やかさへとつながり... このオラトリオの端緒、「聖家族への羊飼いのたちの別れ」(disc.1, track.10)のやさしいメロディーは、どこかクリスマスの聖歌のようで、聴く者をほのぼのとした心地にさせる(けど、これはバロックじゃないなァ... で、ベルリオーズでもないのがミソ!)。第3部では、避難民を嫌うエジプトの人々のリアクションが再び音楽に緊張感を呼び起こすものの、イエス一家を迎え入れる慈悲深いイシュマエル人一家の家父の登場で、音楽は、安らぎを取り戻し、2本のフルートとハープによる素敵な三重奏(disc.2, track.4)による歓待があって、やがて、まどろみの中へと落ちて行くようにストーリーは薄れ、オーケストラも演奏を止め、ア・カペラの清らかさのみが残り、やさしい癒しが広がる。
何だろう、この不思議な存在感... 断片的で、傍観的で、誰かの記憶に忍び込むような、主体性を失った展開、音楽の在り様に、なぜか、とても魅了される。ドンと押し出しが強いのが、19世紀、ロマン主義の音楽であり、それをヤリ過ぎるくらいに打ち出して来るのがベルリオーズのおもしろさだけれど、ここに提示される音楽の在り様は、古いアルバムを捲り、おぼろげとなった記憶を辿るような、薄味だけれど、何とも言えない詩情が漂う。こういうアプローチ、どこかギャヴィン・ブライアーズを思わせて、現代的にも感じられるのだけれど... 架空の作曲家、デュクレによる作品、とした匿名性が、「聖家族への羊飼いのたちの別れ」(disc.1, track.10)に留まらず、オラトリオ全体にも効いているように思う。そして、そういう匿名性が、どんどん研ぎ澄まされ、最後、エピローグ(disc.2, track.6)、ア・カペラに至るという展開... 音楽の素の姿へと還って行くような(エピローグの序奏、まるで信号音のような木管が発する音が印象的... )、独特な深まりが感じられ、静かにして、圧倒される。また、第3部、避難民に示される慈悲を歌うあたりは、イエスの物語を越えて、21世紀の現代にメッセージを発するよう... エピローグでは、ひとりの異教徒によってキリストは救われた、と歌われるのだけれど、宗教を越えた一人間としての助け合いが語られる意義は、もしかすると、未来、つまり今に向けられたもの?いや、神ってる、ベルリオーズ(テキストは、作曲者による... )?異端児の異端は、一周回って、真実なのかもしれない。
という、オラトリオ『キリストの幼時』を、イギリスの次世代マエストロ、ティチアーティの指揮、スウェーデン放送交響楽団スウェーデン放送合唱団で聴くのだけれど、なかなか骨太です。ふわっとしたイメージのある音楽に、血肉を与えるようなティチアーティ... 第1部のヘロデ王の悩める姿はドラマティックで、マリアとヨセフの姿は、愛する子を見つめる等身大の両親の慈愛に溢れていて... ある意味、キリストの幼時を特別視することなく、ドラマを、シーンを、人間味を以ってしっかりと描き、最後、ア・カペラで、そこから解き放ってみせる。その解放感たるや!澄み切った歌声に、彼岸が浮かぶよう... それを見事に歌い上げる、室内コーラスの老舗、スウェーデン放送合唱団!彼らのクウォリティーがあってこそ活きる展開であり、オラトリオだなと... もちろん、スウェーデン放響も手堅い演奏を聴かせてくれて... 興味深いのは、室内的で、ピリオド寄りな印象を受けるところ... ティチアーティの指向なのだろうけれど、それにきちんと応える器用さは、見事。そして、歌手陣!ジャンス(ソプラノ)、ローゲス(バリトン)、マイルズ(バス)と、やはり手堅い中、語り手を歌うブロン(テノール)の、フランスならではの芳しい歌声に魅了される!で、それら相俟って、際立つ、異端児にして異端な作品... いや、ベルリオーズの驚くべき幅を思い知らされるオラトリオ『キリストの幼時』である。
BERLIOZ L'enfance du Christ
ROBIN TICCIATI SWEDISH RADIO SYMPHONY ORCHESTRA & CHORUS


ベルリオーズ : オラトリオ 『キリストの幼時』 Op.25

語り手 : ヤン・ブロン(テノール)
マリア : ヴェロニク・ジャンス(ソプラノ)
ヨセフ : シュテファン・ローゲス(バリトン)
ヘロデ王/家父 : アラステア・マイルズ(バス)
スウェーデン放送合唱団
ロビン・ティチアーティ/スウェーデン放送交響楽団

LINN/CKD 440