音のタイル張り舗道。

クラシックという銀河を漂う... 

リース、信仰の勝利。

7777382.jpg
さて、2020年は、ベートーヴェンの生誕250年のメモリアル!となれば、やっぱりベートーヴェンをいろいろ聴いてみたい... のですが、当blog的には、もう少し視点を広げまして、ベートーヴェンの周辺にも注目してみたいなと... いや、"楽聖"と呼ばれるベートーヴェン、その存在は燦然と輝き、あまりの眩しさに、周辺があまりよく見えて来ない。例えば、モーツァルトの隣には、ハイドンという大きな存在がいて、サリエリというライヴァルもいて、モーツァルトのストーリーを大いに盛り上げる。また、そうした、モーツァルトの周辺にいた作曲家たちの作品に触れることで、モーツァルトが生きた時代を、活き活きと感じ取ることができるように思う。で、ベートーヴェンはどうだろう?いや、ベートーヴェンをよりリアルに感じるためにも、同時代の音楽を聴くことは意義深いように思うのだけれど、なかなか難しいのが現状。ならば、このメモリアルこそ、注目してみたいなと...
ということで、ベートーヴェンと同じボンの出身で、弟子、フェルディナント・リースに注目!ヘルマン・マックス率いる、ダス・クライネ・コンツェルトの演奏、ライニッシェ・カントライのコーラスで、リースのオラトリオ『信仰の勝利』(cpo/777738-2)を聴く。

暗く、重々しい空気が立ち込める中、始まる、第一部、導入(前奏曲にあたる... )。悲愴的な表情に、時折、光が差すも、風雲急を告げるような瞬間が、何度か訪れて... まさにベートーヴェン的なドラマティシズムを感じさせる音楽、さすが弟子!リースは、1801年、16歳の時にベートーヴェンに弟子入りし、そのアシスタントも務め、研鑽を積むのだけれど、そうした中、1803年、師、唯一のオラトリオ、『オリーヴ山上のキリスト』の作曲を間近で見ている。この経験は、後のリースのオラトリオに大きな影響を与えただろう。その後、1805年、ベートーヴェンの下を離れ、ヨーロッパ全域を混乱に陥れたナポレオン戦争(1803-15)に翻弄されながらも、ピアニストとして、作曲家として、ヨーロッパ各地に活躍の場を求め、1813年、ロンドンに辿り着く。ロンドンでは、創設されたばかりのロンドン・フィルハーモニック協会の監督に就任し、コンサートで大活躍。師の作品の紹介にも熱心に取り組み、実現には至らなかったものの、ベートーヴェンのロンドン招聘を企画するほどだった。で、1824年まで続く、このロンドン滞在では、ヘンデルのオラトリオに触れる機会を得ている(1785年には、ロンドンでヘンデルの生誕100年が盛大に祝われるなど、その死後もヘンデルのオラトリオはロンドンの音楽シーンの重要なレパートリーだった... )。そして、その経験もまた大きかったと思う。ここで聴く、『信仰の勝利』には、師のオラトリオを越えて行く充実が示されていて、そこには、希代のオラトリオ作家、ヘンデルが見せた巧さを感じる。そんな『信仰の勝利』が作曲されるのは、師が逝った2年後... 1824年、ドイツに帰国(故郷、ボン近郊、バート・ゴーデスブルクにしばらく住んだ後、フランクフルトへと移る... )したリースは、帰国の翌年、1825年から、度々、ニーダーライン音楽祭(1817年、エルバーフェルトでの第1回に始まり、毎年、ニーダーライン地方の都市、デュッセルドルフ、ケルン、アーヘンの何れかで開催され、1958年まで続く... )の音楽監督(メンデルスゾーンシューマン、リストなど、錚々たる面々が努めている!)を任されることに... ちなみに、初めて音楽監督を務めた時に取り上げたのが、第九。そして、2度目の音楽監督を務めた1829年には、『信仰の勝利』を初演し、大成功!
同郷の詩人、ヨハン・パプティスト・ルソー(1802-67)の台本によるオラトリオ『信仰の勝利』は、聖書を題材とするものではなく、より抽象的というか、禅問答的というか、信仰を持たない者と、信仰を持つ者の鬩ぎ合いにより展開され、やがて、愛のセラフィムと信仰の天使の出現で、信仰を持たない者たちが回心するという、ルソーのオリジナル脚本。旧約聖書スペクタクル新約聖書ドラマティックからすると、地味?いやいや、信仰を持たない者、持つ者が2群に分かれてぶつかり合うという、聴き応えのある音楽。師のオペラ『フィデリオ』の、コーラス大活躍の2幕後半(そもそも、あれはオラトリオっぽいよね... )、テンション上がりまくりの場面を思わせて、熱い!『フィデリオ』の初稿、『レオノーレ』が完成するのが、リースがベートーヴェンの下を離れる年、1805年だったことを考えると、そのあたりからも影響はあるのかもしれない。前半、第1部の締め、信仰を持たない者たちのコーラス(track.11)などは、ウィーン古典派の伝統(ハイドンのオラトリオからも影響を受けている!)を感じさせながらも、師のスケール感を越えて、19世紀的なスケールを見せて、何よりロマン主義へと踏み込むドラマティシズムが感じられて、圧倒される!一方、4人のソロにより歌われる、信仰を持つ者(ソプラノ、アルト、テノール)、持たない者(バス)による四重唱(track.16)は、モーツァルトのオペラを思い出させるドラマが繰り広げられ、おもしろい。そうした、対峙する音楽が、信仰を持たない者たちと持つ者たちによる二重コーラス(track.18)によって沸点を迎える中、美しいハープの音を合図に、信仰の天使が登場(track.19)。一転、穏やかさに包まれながら、信仰の天使と愛のセラフィムの慈愛に満ちた二重唱(track20)が歌い出され、信仰を持たない者たちが回心(track.21)。音楽は、輝かしさを放ち、感動的なフィナーレへ!ありがたい... つまり、古式ゆかしい教会風のフーガからの、ロマン主義の時代の到来を意識させるキャッチーなメロディーに彩られた最後... 光に充ち溢れる音楽、その堂々たる威容は、これぞオラトリオ!メンデルスゾーンにも負けてないよ... いや、掛け値無しに魅了される。初演が大成功だったのも納得。信仰が打ち勝つ解り易さも、ますます感動を強めるよう。
という、リースのオラトリオを聴かせてくれる、マックス+ダス・クライネ・コンツェルト+ライニッシェ・カントライ。隠れた作品の紹介に余念の無い彼らにとって、絶好の作品と言えるのかもしれない(2つあるリースのオラトリオ、もうひとつの方、『イスラエルの王』もリリース... )。そして、いつもながら、資料的な価値に留まらない、活き活きと音楽を繰り出すマックス。モーツァルトの残り香も漂うベートーヴェンの時代、そして、ロマン主義へとうつろう過渡性を在りのままに表現し、逆に様々なテイストを活かし切って、よりヴァラエティに富む形で音楽を響かせるのか... だから、ベートーヴェンの時代のパノラマがそこに広がり、とても興味深い。そんなマックスに応えるピリオド・オーケストラ、ダス・クライネ・コンツェルトが力強く、リースの、ベートーヴェンの弟子としての力強さをドンと前面に押し出して、圧巻。そこに、このオラトリオの主役ともいえるライニッシェ・カントライのパワフルなコーラス!パワフルかつ表情豊かに歌い上げ、盛り上げてくれるし、惹き込まれる!やっぱ、オラトリオは、コーラスっしょ... という自負というか、意気込みがビンビン感じられて、そういう率直さが、大いに魅力となっている。そこに加わる4人のソロも絶妙な歌を聴かせてくれて、ややもすると一本調子になりそうなシンプルな筋立て(信仰したくねー!vs信仰なさい!)に、しっかりとしたドラマをもたらす。そうして息衝く『信仰の勝利』... ベートーヴェンの下で研鑽を積んだリースの音楽は、師に負けず、魅力的だ。

Ferdinand Ries ・ DER SIEG DES GLAUBENS ・ Hermann Max

リース : オラトリオ 『信仰の勝利』 Op.157

クリスティーネ・リボー(ソプラノ)
ヴィーブケ・レームクール(アルト)
マルクスシェーファー(テノール)
マルクス・フライク(バス)
ライニッシェ・カントライ(コーラス)
ヘルマン・マックス/ダス・クライネ・コンツェルト

cpo/777738-2