音のタイル張り舗道。

クラシックという銀河を漂う... 

ダ・ヴィンチ、没後500年、その絵画を音楽で再構築したならば...

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さてさて、2019年も、残すところ2週間... 良いことも、悪いことも、凄過ぎた年だっただけに、いつもの年の瀬より、何だか感慨は深くなる。いや、感慨に耽っている場合でなくて、やることいっぱいの年の瀬でありまして... 当blog的には、2019年にメモリアルを迎えた作曲家たち、まだ取り上げ切れていなかったあたりを、駆け込みで取り上げております。で、没後150年、ベルリオーズの大作に続いて、没後350年、チェスティに、生誕150年、コミタスと、メモリアルならではのマニアックな存在に注目。そして、その締めに、ある意味、最もビッグな存在を取り上げてみたいと思う。没後500年、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)!てか、画家でしょ?いや、マルチ・クリエイターとしても近年は注目されてますよね... で、実は、ダ・ヴィンチ、音楽もやっておりまして、当時、その名は、音楽家としても知られており... だからか、その絵画には音楽が籠められている?という、大胆な解釈の下、ダ・ヴィンチが活躍した時代の音楽を取り上げる意欲作を聴いてみようかなと...
ドニ・レザン・ダドル率いる、フランスの古楽アンサンブル、ドゥルス・メモワールの歌と演奏で、ダ・ヴィンチが生きた時代の音楽を用い、大胆にその絵画を構成する、"LEONARDO DA VINCI LA MUSIQUE SECRÈTE"(Alpha/Alpha 456)を聴く。

ダ・ヴィンチが絵画を学んだのは、ヴェロッキオ(ca.1453-88)の工房。で、このヴェロッキオ、音楽家としても知られており... ダ・ヴィンチは、音楽もヴェロッキオの下で学んだのかもしれない(ルネサンス期、美術畑のアーティストが、音楽家でも活躍してしまうという例、いろいろあったみたい... マイスタージンガーのイメージだろうか?ベルリオーズがオペラにした、ベンヴェヌート・チェッリーニもそのひとり... )。そんなダ・ヴィンチが、音楽家として名を馳せたのが、リラ・ダ・ブラッチョの演奏。それは、ヴィオラのイメージに近いもので、ヴィオラのように弓で弾くのだけれど、おもしろいのが、5本の弦(ヴィオラは4本... )の他に、プラス2本の開放弦が張られていて、ドローンの役割を担ったところ(駒から2本、線路が分岐するみたい伸びているヴィジュアルがおもしろい!)。で、この楽器が、ルネサンス期、イタリアにおいて、現在のヴァイオリン(あるいは、ギター... )のような位置付けだったよう。そして、ダ・ヴィンチが奏でていたリラ・ダ・ブラッチョは、馬の頭骨の形を模した特別なもので、銀で装飾され、かなり風変わりだったらしい(いやー、レオナルド、ロックだったわけね... )。というリラ・ダ・ブラッチョを奏でながら、ダ・ヴィンチは、即興的に歌ったらしい。それがまた見事(ヴァザーリが『美術家列伝』で言及... )だった!しかし、即興だっただけに、絵画とは違って、その音楽は後世に残らなかった。のだけれど、"(Amo)re là sol mi fa remirare... "、愛は喜びを与えてくれるが... とイタリア語で読める、レ-ラ-ソ-ミ-ファ-ラ-ミ-ラ-レ-、の音階で構成される詩を手稿に残している。つまり、歌うことができるフレーズなのだけれど、これを歌曲とするには、あまりに心許無い。いや、このフレーズから、あと少し発展させて、音楽作品として残してくれていたらと思うのだけれど... 婚外子だったゆえに、正規の教育を受けられなかった、ダ・ヴィンチ。ゆえにラテン語(教会の典礼のみならず、当時の学術界の国際共通語にして必須言語... )が不得手だったという。すると、楽譜もまたそうだったか?なればこその即興の名手だったか?ならば、音楽に関しても正規の教育を受けていたら、ダ・ヴィンチは、どんな作品を残しただろう?音楽史にどんな足跡を残しただろう?つい、いろいろ想像してしまいたくなってしまう。
さて、レザン・ダドル+ドゥルス・メモワールによる"LEONARDO DA VINCI LA MUSIQUE SECRÈTE(秘密の音楽)"なのだけれど、ダ・ヴィンチの名作の中に音楽を見出そうという試み?いや、考えて見ると、極めて整えられたダ・ヴィンチの画面には、ある種のハーモニーを感じさせ、場合によっては、楽譜を連想させるような秩序を見出すこともできるかもしれない(『最後の晩餐』のパンは、音符として描かれている!信じるか、信じないかは、あなた次第!というの、やってましたよね... )。で、『受胎告知』(track.1-4)に始まって、『音楽家の肖像』(track.5)、『ミラノの貴婦人の肖像』(track.6-8)、『聖アンナと聖母子』(track.9)、『岩窟の聖母』(track.10-15)、師、ヴェロッキオとの共作、『キリストの洗礼』(track.16)、『モナリザ』(track.17, 18)、『シネーヴラ・デ・ベンチの肖像』(track.19)、『イザベッラ・デステの肖像』(track.20-23)、『洗礼者ヨハネ』(track.24)と、ダ・ヴィンチの代表作を、その当時の音楽で表現するという、大胆にして、実に興味深い構成。例えば、始まりを飾る、ダ・ヴィンチがまだヴェロッキオの工房にいた頃に描かれた『受胎告知』なら... ペトルッチ(ルネサンス期、ヴェネツィアで活躍した楽譜出版業者。同時代の多くの大家の楽譜を手掛けている... )のラウダ(中世以来の民衆による讃美歌)集、第2巻(1508)に収められたアヴェ・マリアをソプラノが歌い、その素朴な音楽の中に、母となる前のマリアの初々しさを表現しつつ、ダ・ヴィンチの初期の絵画の初々しさも聴かせるようで、絶妙。続く、『音楽家の肖像』では、ジョスカン・デ・プレの「そしてダヴィデは嘆き」(track.5)が歌われ、ダ・ヴィンチの時代ならではの洗練されたポリフォニーを響かせ、音楽家のキリっとした表情に漂う自信が表現、ラウダと絶妙なコントラストを描き出す。いや、それぞれの名作を、巧みに音楽を用いて描き出す妙!『イザベッラ・デステ(マントヴァ侯妃で、大のレオナルド・ファン、追っ掛け?みたいなことも... )の肖像』では、イザベッラお気に入りの作曲家、トロンボンチーノの作品(track.20)を用いたり、『岩窟の聖母』(track.10-15)では、器楽曲に、ソプラノのソロ、バリトンのソロ、最後は祈りの歌(コラール的な... )と、多彩な音楽を連ねて、まるでカンタータのような仕上がり!ダ・ヴィンチの絵はさて置き、その巧みな構成にも魅了される(もちろん、『岩窟の聖母』の独特な雰囲気もしっかりある!)。
そうした中で、やっぱり気になるのは、『モナリザ』。ペトルッチのフロットラ(ルネサンス期にイタリアで流行した歌曲で、ポリフォニー全盛の時代に在って、イタリア的な歌心が重視され、シンプルなリズムをホモフォニックに歌うのが特徴... )集、第2巻(1505)から、ペトラルカのソネット、第18歌(track.17)と、ボローニャQ20写本からの「愛らしきルクレツィア」(track.18)で構成するのだけれど、ペトラルカのソネット、第18歌(track.17)では、ソプラノが静かに歌い、アルカイックで、この肖像の古風さを際立たせ... 続く、「愛らしきルクレツィア」(track.18)では、ルクレツィア・ボルジア(ボルジア家ローマ教皇、アレクサンデル6世の娘で、当代一の美女として知られる... )の美しさを称えるモテットなのだけれど、ここでは"ルクレツィア"の部分を"モナリザ"に変えて歌い、モナリザ讃歌とする。で、このモナリザ讃歌、ソプラノとバリトンが呼び掛け合うようにポリフォニーを織り成し、芳しくも厳かで、モナリザの高貴な美(ちょっと近寄りがたいような... )を巧みに表現して、膝を打つ。いや、ペトラルカのソネット、第18歌と合わせて、絶妙。そもそも音楽でダ・ヴィンチの名作を構成しようなんて、ちょっと無謀な気もしたけれど、実際に響いて来る音楽は、思いの外、しっくり... それぞれの名作の表情や雰囲気を巧みに捉えていて... また、そうしたあたりに、音楽と共鳴するダ・ヴィンチの絵画というものも意識させられる。
それを可能とするのが、レザン・ダドル+ドゥルス・メモワールのポテンシャルの高さ!これまでも、古楽とワールド・ミュージックの対話など、チャレンジングな試みを成功させて来た彼らだけに、絵画と音楽を共鳴させることも、無理なく、スムーズ。で、その裏には、ダ・ヴィンチの名作をしっかりと読み解いて、如何に音楽で再構成しようかという努力がそこはかとなしに窺える(画面により近付くため、いろいろ手稿譜を当たったよう... )。また、それを徹底することで、ルネサンス期の定番の音楽とは違う、当時の生々しさを伝える音楽が並び、ある種のリアルが獲得されていることに驚かされる。またそうした音楽を、ドゥルス・メモワールの面々は、自らの音楽として歌い、奏で、音に生気を生み出す。ルネサンス絵画の明るい色彩感、ダ・ヴィンチならではのしっとりとした空気感を表現し切って、すばらしい!すると、"古楽"という古風なトレースは取り払われ、真新しさが広がる。それは、ダ・ヴィンチがもたらすケミストリー?音楽もまた絵画と共鳴することで、ダ・ヴィンチの時代へと迫る。迫れて、ルネサンスは息衝き、普段、聴く(のは、洗練されたポリフォニーの、ヘヴンリーで、ふわっとしたイメージ... )のとは一味違う魅力を放ち始める。いや、何と魅力的なルネサンス
LEONARDO DA VINCI LA MUSIQUE SECRÈTE
DOULCE MÉMOIRE DENIS RAISIN-DADRE


『受胎告知』
修道士ペトルス : アヴェ・マリア
マルケット・カーラ : アヴェ・マリア(4声)
マルケット・カーラ : 汚れなきおとめ
マルケット・カーラ : アヴェ・マリア(5声)

『音楽家の肖像』
ジョスカン・デ・プレ : そしてダヴィデは嘆き

『ミラノの貴婦人の肖像』
作曲者不詳 : 美の女神のバッサ・ダンツァ 〔マグリアベキ写本 より〕
フランチェスコ・パタヴィーノ : 貴婦人たち、踊りにおいでください
マルケット・カーラ : こんなに何度も「はい」と

『聖アンナと聖母子』
ジャン・レリティエ : めでたし母よ、神の母なるかたよ

『巌窟の聖母』
ドメニコ・ダ・ピアチェンツァ : 美しき花
フランチェスコ・スピナチーノ : リチェルカーレ
作曲者不詳 : すると、心には(望みなき運命) 〔グレイ写本 より〕
作曲者不詳 : 望みなき運命 〔ボローニャ Q20 写本 より〕
ヨアンネス・デ・ピナロル : すると、心には
ハインリヒ・イザーク : 望みなき運命/聖ペトロ、私たちのために祈ってください

『キリストの洗礼』
ヤーコプ・オブレヒト : アニュス・デイ 〔ミサ 「望みなき運命」 より〕

モナリザ
作曲者不詳 : ペトラルカのソネット 第18歌 〔ペトルッチのフロットラ集 第3巻 より〕
作曲者不詳 : 愛らしきルクレチア(愛らしきモナリザ) 〔ボローニャ Q20 写本 より〕

『ジネーヴラ・デ・ベンチの肖像』
エーヌ・ファン・ヒゼヘム : あらゆる美徳に満ちた彼女

『イザベッラ・デステの肖像』
バルトローメオ・トロンボンチーノ : 水ごときでは消えぬ
ミケーレ・ぺゼンティ : 水などでは消せぬ、我が心の炎は
マルケット・カーラ : 日々、運もなく呪わしく
フィルミヌス・カロン : 見放され、運にも恵まれず

『洗礼者ヨハネ
ヨアンネス・ド・ラ・ファージュ : エリザベツは、ザカリアに

ドニ・レザン・ダドル/ドゥルス・メモワール

Alpha/Alpha 456