音のタイル張り舗道。

クラシックという銀河を漂う... 

フランス、クラヴサンの国のピアノに負けない輝き、デュフリ、

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我々は、今、おもいっきり過渡期を生きている。のだと思う。日々、古いものと新しいものがぶつかり合って、人が、社会が、国が、世界が、言いたい放題、怒声に塗れ、大気に大地までもが軋み、苦悶の声を上げている。その声、時に聞くに堪えないこともある。が、新しい時代を迎えるにあたっての健全な反応とも言えるのかもしれない。前に進むためには、必要なこと... そして、今、前に進む必要に迫られていることは、間違いない。ならば、この過渡期と、どう向き合うべきか?一緒になって怒声を放つか?苦悶の声に呑まれるか?普段、音楽史を辿っていると、多々ある過渡期に出くわす。もちろん、それは、音楽でのことであって、我々の現状と並べてしまうのは、どうかとも思う。が、それでも、音楽史の過渡期を見つめていると、何となく、その先へと希望が持てるような気がして来る。例えば、18世紀半ばのフランス... ブフォン論争に象徴されるように、新旧、内外、様々なベクトルで芸術思潮が衝突し、表現が不自由だ何だの次元では無く、国を二分(国王派vs王妃派)し、決闘(バロ・ド・ソヴォvsカッファレッリ)までする事態に至っても、そこから、より豊かな18世紀後半の音楽シーンが醸成され、やがて訪れる19世紀もまたそこで準備されていた。どちらかと言えばネガティヴに捉えられる過渡期、古いものと新しいものがぶつかり合う姿を目の当たりにすれば、逃げ出したくなる思いに駆られるのだけれど、次なる時代を耕していると考えれば、より冷静に状況を見つめることができるのかもしれない。そして、18世紀半ば、ブフォン論争の大騒ぎを横目に、淡々と過渡期を生きた先人を見つけた。フランス・クラヴサン楽派、デュフリ。
シャンボニエール(ca.1602-72)、ダングルベール(1635-91)、フランソワ・クープラン(1668-1733)、ラモー(1683-1764)と受け継がれて来たフランスのクラヴサンの伝統を、新しい時代を迎える中も息衝かせたデュフリに注目... クリストフ・ルセの弾くクラヴサンで、デュフリが出版した4つのクラヴサン曲集から、27曲(APARTÉ/AP 043)を2枚組で聴く。
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ジャック・デュフリ(1715-89)。
太陽王が世を去り、ひとつの時代が幕を下ろした年、フランス北部、ノルマンディー地方の中心都市、ルーアンで生まれたデュフリ。母方の祖父、ボワヴァンは、ルーアンの大聖堂のオルガニスト... となると、音楽に近い環境があったのだろう。後に宮廷礼拝堂聖歌隊、シャペルのオルガニストとなる、ルーアン大聖堂のオルガニスト、ダジャンクール(祖父、ボワヴァンの弟子... )の下で音楽を学び、1732年頃、ルーアンから南に少し行った街、エヴルーの大聖堂のオルガニストとなり、音楽家の道を歩み出す。が、1734年には、ルーアンに戻ってしまい、街の教会のオルガニストを務めながら、その関心はオルガンからクラヴサンへ... 1742年、クラヴサン奏者として、パリで活動をスタート。1744年には、最初のクラヴサン曲集を出版。クラヴサンの教師として、クラヴサン奏者として、次第に名声を集めて行くデュフリ... ブフォン論争でフランス楽壇が大揺れとなる1750年代、お隣のイギリスでスクエア・ピアノの量産が始まる1760年代、デュフリは、パリを代表するクラヴサン奏者として活躍した。いや、まさに新しい時代を迎えようとする中、伝統に則り、自らの道をしっかりと歩んだデュフリという存在は、なかなか興味深い。そんな、デュフリの、生涯、4つ出版された曲集からの選集を聴くのだけれど...
その始まりは、1756年に出版された第3巻から、「ラ・フォルクレ」(disc.1, track.1)。太陽王に仕えたヴィオールの巨匠、フォルクレに基づくその音楽は、重々しく、荘重で、晩年の太陽王(最後の愛妾、マントノン夫人が信心深く、豪奢なヴェルサイユは宗教的な重苦しさに包まれていたとか... )を思わせて仄暗く、かつてを回顧するような雰囲気に包まれる。つまり、クラヴサンという楽器の伝統をズシリと感じさせる音楽... かと思うとで、続く、「シャコンヌ」(disc.1, track.2)では、明るく、クラヴサンのキラキラとしたサウンドが印象的に爆ぜる!太陽王の時代の雰囲気とはまた違う、クラヴサンの伝統、クラヴサンらしいイメージが広がり、魅了される。そう、クラヴサンらしいイメージ... 英語では、"ハープシコード"、イタリア語では、"チェンバロ"、言語の違いのようで、微妙に異なるそれぞれの楽器の特性... クラヴサンのよりキラキラとしたサウンドに触れると、ピアノが台頭してもなお命脈を保ったフランスにおけるクラヴサン人気が腑に落ちる。そして、よりキラキラしたサウンドを活かすデュフリの音楽... 装飾的な美しさで聴く者を魅惑するその音楽は、同時代の鍵盤楽器のために書かれた作品と比べれば、断然、華やかなである一方、構築性には欠け、オールド・ファッションであることは否めない。が、それが何か?というデュフリのスタンスが気持ち良い!いや、かえって、オールド・ファッションとなって貫禄が出てさえいる。偉大なる先人、クープランよりも、よりクラヴサンを鳴らし切り、時に重厚感さえ漂わせ... 大いに影響を受けた偉大なる先輩、ラモーよりも洗練を感じさせ、ますます美麗なサウンドを実現しているデュフリの音楽、魅惑される。
というデュフリも、それとなしに新しい時代の気分に引っ張られるようなところもある。第1巻から四半世紀ほどを経て出版された第4巻(1768)に収められた作品を聴くと、より表情に複雑さが見て取れる。例えば、「ラ・ポチュイン」(disc.1, track.8)のセンチメンタルな表情は、クープランのそれより、C.P.E.バッハを思わせる多感主義へと近付くようだし... 続く、「ラ・ヴィクトワール」(disc.1, track.9)では、ハイドンのピアノ協奏曲(1782)の終楽章、ハンガリー風のテーマの冒頭が耳に飛び込んで来て、おおっ?!となる。このキャッチーさは、クラヴサンの伝統を飛び出している?で、そのテーマのみならず、どことなしにモーツァルトのような明朗さが感じられ、古典主義の匂いが漂い出し、そのあたりが、まさにヴィクトワール、ヴィクトリーな輝かしさにつながるよう(とはいえ、ルイ15世の五女、ヴィクトワール王女に因んだタイトルであって、ヴィクトリーとは関係無いのだけれど... )。そして、より新しい時代を感じさせるのが、「ラ・ド・デュルモン」(disc.2, track.10)... ブフォン論争を経て獲得されたイタリア的なメロディアスさとでも言おうか、解り易いメロディーを、思いの外、シンプルに、クラヴサンに歌わせるその音楽は、ますますキャッチーで、デュフリの新しい一面が示されるようで、おもしろい。
そんなデュフリの音楽を聴かせてくれるルセ... ま、今さらではありますが、さすがです。ルセならではの力強いタッチから繰り出される、思いの外、ジューシーな、デュフリの音楽。いや、一音一音からジワーっと、旨味が溢れ出すようで... そんなサウンドが、束になって、めくるめく繰り出されば、ただキラキラしているだけではない、クラヴサンの味わい深さをこれでもかと思い知らされる。どうしても、ロココ瀟洒なサロンを彩る楽器、という位置付けからか、美しいけれど深みに欠けるのでは?なんて、思ってしまいがちだけれど、いやいやいや... 何より、フランス・クラヴサン楽派がつないで来た伝統の太さのようなものを、徹底して響かせ、凄味すら見せるルセの演奏は、ルセ自身の円熟もあって、ちょっとただならない。どっしりとした音色を響かせながら、全ての音色がクリアに提示されて生まれる響きの一大織物。その豊かな音響に触れていると、スペクトル楽派が遠くに見えて来るようで、宇宙をおも思わせるスケールを感じてしまう。いや、間違いなく、一台のクラヴサンのスケールを越えた世界が広がる!そうした世界として体験するデュフリは、まさに時代に囚われない存在感を際立たせ、雄弁。2枚組のヴォリュームがそれに拍車を掛けて、魅了されるばかり。
Christophe Rousset Jacques Duphly

デュフリ : ラ・フォルクレ 〔クラヴサン曲集 第3巻 より〕
デュフリ : シャコンヌ 〔クラヴサン曲集 第3巻 より〕
デュフリ : メデ 〔クラヴサン曲集 第3巻 より〕
デュフリ : アルマンド ハ短調 〔クラヴサン曲集 第1巻 より〕
デュフリ : クーラント 「ラ・ブコン」 〔クラヴサン曲集 第1巻 より〕
デュフリ : ロンド ハ長調 〔クラヴサン曲集 第1巻 より〕
デュフリ : ラ・ミレッティーナ 〔クラヴサン曲集 第1巻 より〕
デュフリ : ロンド 「ラ・ポチュイン」 〔クラヴサン曲集 第4巻 より〕
デュフリ : ラ・ヴィクトワール 〔クラヴサン曲集 第4巻 より〕
デュフリ : ロンド ニ短調 〔クラヴサン曲集 第1巻 より〕
デュフリ : ラ・ダマンジー 〔クラヴサン曲集 第2巻 より〕
デュフリ : ラ・カザマジョール 〔クラヴサン曲集 第1巻 より〕
デュフリ : ラ・フェリクス 〔クラヴサン曲集 第2巻 より〕
デュフリ : ラ・ドゥ・ヴァートル 〔クラヴサン曲集 第2巻 より〕

デュフリ : アルマンド ニ短調 〔クラヴサン曲集 第1巻 より〕
デュフリ : クーラント ニ短調 〔クラヴサン曲集 第1巻 より〕
デュフリ : ラ・ヴァンロ 〔クラヴサン曲集 第3巻 より 三美神〕
デュフリ : ロンド 〔クラヴサン曲集 第3巻 より 三美神〕
デュフリ : ラ・トリボレ 〔クラヴサン曲集 第3巻 より 三美神〕
デュフリ : ラ・デュ・ビュック 〔クラヴサン曲集 第4巻 より〕
デュフリ : ラ・デリクール 〔クラヴサン曲集 第2巻 より〕
デュフリ : ラ・ドゥ・ギヨン 〔クラヴサン曲集 第3巻 より〕
デュフリ : ラ・ドゥ・デュルモン 〔クラヴサン曲集 第4巻 より〕
デュフリ : ラ・ランツァ 〔クラヴサン曲集 第2巻 より〕
デュフリ : 鳩 〔クラヴサン曲集 第2巻 より〕
デュフリ : ラ・ドゥ・シャムレイ 〔クラヴサン曲集 第3巻 より〕

クリストフ・ルセ(クラヴサン)

APARTÉ/AP 043